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放射能、スラブの源覆う 老夫婦、移住拒み帰村 消えた村から―1

2009年4月20日14時43分

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写真サワさん(右奥)とオレーナさんの夫妻はチェルノブイリ原発からわずか約7キロしか離れていないノボシェペリチ村で暮らし続けている=小宮路勝撮影

写真近くのプリピャチ川に漁に出るサワさん。川岸には亡くなった息子の墓があった=小宮路勝撮影

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 朽ち果てた廃屋を雑木や草が覆い尽くし、あたりは静まり返っている。放射能を測定するガイガーカウンターはさほど反応しない。大気中の放射線量は人体に危険なほどではないという。だが、土壌の汚染は激しく、原則として人が住むことは許されていない。

 ウクライナ北部ポリーシャ地方のノボシェペリチ村。86年に史上最悪の事故を起こした旧ソ連のチェルノブイリ原発から7キロ。事故後、5千人いた村人は全員、強制移住させられた。原発から半径約30キロ圏内の178の村が廃村になった。ノボシェペリチも「消えた村」の一つだ。

 だが、草をかき分けて進むと、1軒だけ炊事の煙が立ち上る家がある。サワ・オブラジェイさん(78)と妻のオレーナさん(75)は事故後村を出たが、知らぬ土地では暮らせない、と3週間後に戻ってきてしまった。以来、警察の度重なる退去勧告を無視して住み続ける。原発から半径10キロ以内の最も危険な区域で唯一の住民だ。

 2人で畑を耕し、家畜を育てる。サワさんは近くのプリピャチ川に手製の船で漁に出る。「昔はチョウザメも捕れたのだが」

 野菜も魚も放射能に汚染され、決して口にしてはならない代物だ。しかし2人は、ウオツカを飲めばがんも治ると信じている。「故郷を離れたままだったら、寂しくてもっと早くに死んでたよ」

 ポリーシャ地方は、欧州の東半分に広がるスラブ人の発祥の地といわれる。松と白樺(しらかば)の深い森、無数の湖沼。外部から人が近づけなかったために、西欧文明や旧ソ連の社会主義文化の影響を受けていない風習や芸能、中世の特徴を残す方言が生き延びた。古代スラブの「原形に近い文化を残している」と国立科学アカデミーのオリガ・ポリツカ研究員は説明する。

 単調でもの悲しい旋律の民謡や無数の民話が、親から子へと口伝えで代々引き継がれてきた。「水の精」の物語をオレーナさんが独特の言葉で話す。

 死んだ後に水の精「ルサルカ」になる人がいる。ある日、ルサルカの少女が村に迷い込んだ。少女は親切な村人から食べ物をもらい、村に住み着いた。1年後、迎えにきたルサルカたちと少女は川に帰っていった

 「水の精は本当にいるよ。私の母は実際に見たんだから」とオレーナさんは真顔で言った。

 いま、伝える相手がいない。原発事故後、多くの人びとは首都キエフ近郊に移り住み、生活様式を一変させた。故郷を訪ねるには政府の許可が必要で、帰ってくることはほとんどない。

 放射線の下で消え入りそうなポリーシャ文化を掘り起こす試みがある。国立文化遺産保護研究センターのロスティスラフ・オメリャシコ所長(54)らの調査団が毎年村々を訪ね、歌や民話を録音し、民具を集める。国連教育科学文化機関(ユネスコ)も協力。「何もしなければ、ポリーシャは伝説のアトランティス大陸のように地上から消えてしまうだろう」とオメリャシコ所長は憂え、無形文化遺産への登録を目指している。

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