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あふれる歌声 今はなし 消えた村から―2

2009年4月20日14時43分

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写真チェルノブイリ原発半径30キロ圏内の村ルビャンカに戻って暮らすオリガさんが民謡を歌ってくれた=小宮路勝撮影

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 村のあちこちからいつも歌声が響いている――ウクライナ北部ポリーシャ地方はそんな土地柄だったと、多くの元住民が振り返る。農作業をしながら、家事をしながら、夜、酒を飲みながら。歌は人びとの生活の一部だった。

 古代スラブの文化的特徴をよく残すポリーシャ民謡は、他のスラブ民謡と比べいくつかの違いがある。

 (1)音の変化に乏しい単調なメロディー(2)斉唱で、多声合唱はない(3)最後の音を長く伸ばす(4)伸ばした音の最後を突然、雄たけびのように上げて終わる、などだ。

 「グカンケ・ザクレチケ」と呼ばれる変わった終わり方は、民間信仰の儀式の歌が起源であることを示すという。

 チェルノブイリ原発の西約25キロのルビャンカ村にも、かつて歌声があふれていた。原発事故に伴う強制退去の後、6人が勝手に戻ってきて生活している。独り暮らしの女性、オリガ・ユーシェンコさん(65)はその一人。

 「若い頃はみんなで集まって、歌って踊ったよ。隣村の人を招くこともあった」とオリガさんは回想した。どんな歌だったのかと尋ねると、いきなり声を張り上げた。こぶしのきいた太い声が、人気のない廃村に響き渡る。

 酒を飲むのはやめて

 酒が好きだからやめられないよ

 あの子と遊ぶのをやめて

 あの子がいい子だからやめられないよ

 この地方の民謡「コザックは飲む」だ。母が歌うのを聞いておぼえた。「ウオツカが入らないとうまく歌えないね」とオリガさん。「寂しくなったら今も、一人で飲みながら歌うんだ」

 オリガさんのような人は、「サマショール」(自発的な帰郷者)と呼ばれ、現在150人ほどいるとみられている。原発事故から23年。多くは「死ぬなら故郷で」と願って、勝手に村に帰ってしまった人びと。多くは年配女性だ。厳密に言えば違法だが、政府も年配者に限って黙認している。若い世代の姿はない。

 ウクライナを代表する民俗音楽学者ソフィア・グリツァ氏(75)は原発事故前の75年と83年にポリーシャ地方の民謡に関する大規模な調査をした。75年の村々には歌声があふれていたが、83年には民謡を歌う人は大きく減っていた。「原発建設でソ連各地から労働者が流れ込み、当時の流行歌を持ち込んだせいではないか」と同氏は推測する。

 ポリーシャ文化の衰退は、原発事故の前から少しずつ始まっていたようだ。

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