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水の精導く最後の担い手 消えた村から―3

2009年4月21日14時19分

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写真原発事故の移住者が住むガブロンシナ村で「水の精」の儀式を伝える女性たち。儀式の日、人びとはこの白樺の木立をぬって墓地に向かう=小宮路勝撮影

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 古いスラブ文化が残るウクライナ北部ポリーシャ地方の人びとの多くは、チェルノブイリ原発事故で強制移住させられた後、首都キエフ近くの新興住宅地などに落ち着いた。森と湖沼に囲まれた生活から都市近郊農業への変化は、人びとから伝統を奪った。

 そんななかで、昔ながらの儀式を続ける人びとがいると聞き、キエフの西約50キロのガブロンシナ村を訪ねた。

 似た造りの住宅が何十軒も並ぶ。このうちの約10軒が原発の西約18キロのリチツァ村から来た人たちの家。今も毎年6月に村伝統の「水の精(ルサルカ)の儀式」を営む。

 6月のある1週間に亡くなった人はルサルカとなって水辺をさまよう、という言い伝えがある。儀式はルサルカを墓地に送るのが目的だ。

 儀式前、人びとは白樺(しらかば)の葉や草を家の床に敷き詰め、壁にも飾って魔よけにする。月曜日の夕刻、女たちは白樺の葉で作った帽子をかぶって集まり、歌いながら墓地に向かう。男たちは別行動で、たいまつを手にやはり墓地へ。誰ひとり自宅に残ってはならない。残った者はルサルカに殺されてしまうからだ。

 墓地では、たいまつの明かりの下で手をつないで踊ったり、墓を飛び越えたりと盛大に騒ぐ。夜が更け、ルサルカが無事墓に入ったと見なされると儀式も終わる。帰途も無礼講。川を渡る時、男たちは好きな女性に水をかける。「私も若いころ、何度もかけられたよ」とポリーナ・シドレンコさん(70)。

 今のだんなさんですか。「いや、違うね」。水をかけた人とは結婚しなかった? 「うん」。そう答えてポリーナさんは顔を赤らめた。少女のようだった。

 儀式の起源は、キリスト教以前の民間信仰にさかのぼる。かつてはスラブ各地にあった。ソ連時代、「社会主義に反する」とされて衰退したが、ポリーシャのような辺境には残った。ソ連は崩壊したが、原発事故後の移転先では「多神教的だ」と今度はキリスト教会が反対。墓で騒ぐのも嫌がられた。ガブロンシナでは、たまたま教会の聖職者が寛容で、儀式を続けることができているという。

 儀式にはリチツァ村出身でない者も含めて数百人が参加するようになり、にぎやかな催しになった。だが、儀式に欠かせない歌を歌えるのは高齢の十数人だけ。「私たちが死んだら、誰も儀式を引き継げないでしょうね」とナタリヤ・ボリューラさん(78)は言う。

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