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地域文化 拾い集め20年 消えた村から―4

2009年4月22日14時31分

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写真ウクライナの村々を巡ってポリーシャ地方の伝統文化を取材する文化遺産保護研究センターのオメリャシコ所長(左)ら調査団=小宮路勝撮影

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 この20年近く、ウクライナ北部ポリーシャ地方を歩き続けた人物がいる。同国非常事態省文化遺産保護研究センターのロスティスラフ・オメリャシコ所長(54)だ。

 86年のチェルノブイリ原発事故の後、当局は住民が移住して無人となった汚染地域の村の建物を壊し、整地し始めた。自然発火による火災を防ぐためだ。当時、言語民俗学を専攻するキエフ大大学院の学生だった。ポリーシャはウクライナが誇るべき貴重な文化。「それが消えてしまう」と思うと耐えられなかった。89年、仲間とともに破壊中止を政府に働きかけた。

 意見は受けいれられ、同氏は翌年から、新設された文化保護の部局で働き始めた。「完成間近だった博士論文はあきらめざるを得なかったが、もっと大事なポリーシャ文化の救援に携われて光栄でした」。村々を巡る調査をいまも続ける。

 センター職員と各分野の研究者で約30人の調査団を組み、毎年春か晩秋に、数回現地入りする。無人の廃村は夏の間、生い茂る木々の葉や雑草に覆われて近づけないからだ。

 放射能を測定するガイガーカウンターを手に村に入り、「サマショール」(自発的帰郷者)がいれば、民俗や信仰などについて話を聴く。証言や歌を録音し、儀式や生活ぶりを録画する。空き家の建築様式を調べ、うち捨てられた民具や書類、古い写真も収集する。移転先にも村人を訪ねる。

 訪問先は350カ所に上る。そこで集めた証言や歌は、テープ2500本分、ビデオ400本分に達した。原発から約10キロのマシェベ村の調査ではこの地方独特の方言を綿密に採取、4分冊の専門書にまとめ、高く評価された。

 調査は、若手研究者養成の場でもある。1年半前から参加している音楽研究者ガリーナ・カーチョルさん(22)は「発見の連続。これほど楽しい仕事はない」と言う。

 もっとも、研究環境は厳しい。センターはソ連時代の古い建物。職員36人に対し、パソコンが6台しかない。「自宅に帰らないと仕事ができない」とオメリャシコ氏はぼやく。調査に使う機材もほとんど個人負担。車は「ソ連製」のオンボロ自家用車だ。

 ウクライナは深刻な経済危機に見舞われている。同センターも予算が削られ、昨年8回実施した現地調査は、今年1回しかできそうにない。「無形文化遺産の『緊急リスト』に登録されて助成を受けられれば、少し充実するのだが」

 ポリーシャ地方は北隣のベラルーシにまたがる。無形遺産登録には同国も熱心で、両国政府の協議が始まっている。

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