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島言葉で学ぶ学校復活 言葉よ、よみがえれ―4

2009年6月4日15時27分

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写真マン島語の小学校は島言葉で書いた掲示物でいっぱい。9月に入学した児童はクリスマスにはマン島語で会話できるようになる=英領マン島、戸田陽子氏撮影

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 英国とアイルランドに挟まれた淡路島ほどの英領マン島。独自の自治政府や議会を持つが、住民は英語を話し、英国風の田園風景が広がる。

 この島に、島言葉であるマン島語で授業を行う小学校がある。4〜11歳の53人が在籍。マン島語で歌を歌い、壁にはマン島語で名前を書いた動物や花の絵が張ってあった。

 マン島語はケルト系住民が話すゲール語の一派。19世紀から英語に押され、20世紀初めには約4500人が話したが、61年の調査では約160人に激減。74年にはマン島語を母語とする最後の住民が亡くなった。

 70年代にタックスヘイブン(租税回避地)として知られるようになると、英国からの移住者が人口の半分を占めるようになり、島独自の文化は急速に薄れていった。

 マン島議会のフィル・ゴーン議員は「当時はマン島語を話すと先生にぶたれた。人生に必要なのは英語で、マン島語は下層民が話す言葉と見下された。幼少のころマン島語があった風景が消えていく。『自分は誰だ』と危機感をもった」と話す。

 96年に同じ思いを抱く親たち数人がマン島語で話すサークルを作った。マン島語の幼稚園設立を政府に求めたが、「対象が少なすぎる」と認められず、普通の幼稚園でマン島語に親しむ時間を設けることにした。こうした活動が小学校を作る動きに発展。そして01年、児童9人でマン島語だけの小学校が150年ぶりに復活した。

 幸運にも70年代に、言語学者が母語話者との会話を録音し、マン島語・英語辞典を作っていた。マン島語に翻訳された聖書もあった。これらの文献を集めてマン島語の教育プログラムをつくった。

 マン島語小学校のマシューズ校長は「グローバル社会では英語で十分と思いがちだが、異文化を理解できなくなると戦争などの悲劇をもたらす。他の言語を学び、異文化を理解できる子どもを育てることが大切だ」と話す。

 同校に通うイメジェンさん(10)は将来、マン島語の小説家になるのが夢だ。マン島語を「消滅の危機にさらされている言語」に指定した国連教育科学文化機関(ユネスコ)に、マン島語で抗議の手紙を書いた。「私たちがいるのに、消滅なんて信じない」

 現在、マン島語の話者は2千人近くに復活した。その半数はイメジェンさんのような20歳以下の子どもが支える。(英領マン島=土佐茂生)

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