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語り手の居場所を守る モロッコの広場から―2

2009年7月14日22時2分

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写真マラケシュの自宅で語るフアン・ゴイティソーロ氏=国末写す

 無形文化遺産制度の生みの親といえる人物が、モロッコの古都マラケシュのジャマ・エル・フナ広場から徒歩約2分の路地に住んでいる。スペインを代表する作家フアン・ゴイティソーロ氏(78)だ。

 同氏は96年、広場が再開発の危機にさらされているとして、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に対応を求めた。これを受けてユネスコは翌年、マラケシュで「大衆文化空間保護国際協議会」を開催し、無形文化遺産の前身にあたる「人類の口承および無形遺産の傑作宣言」を提唱。ゴイティソーロ氏はその選考委員長を務めた。広場は01年に「傑作」に選ばれ、08年無形文化遺産に登録された。

 「あれほど熱心に広場の保護を訴えたのは、広場で活動する語り手たちとの出会いがあったから」と同氏は語る。

 同氏がマラケシュを訪れたのは76年。広場を訪れ、そこで出会った「ハルカ」と呼ばれる物語の語り手に深く魅了された。当時、多くのハルカが地方の民話や千夜一夜物語、自ら創作した話を語り、市民の人気を集めていた。

 同氏はすでにアラビア語の地元方言を話したが、修辞や暗喩(あんゆ)が豊富な彼らの言葉を完全には理解できなかった。「よし、物語がすべてわかるまでこの広場を離れないぞ、とその時決意したのです」

 以後、毎日広場に出かけて物語を聴いた。語り手と知り合い、一緒に茶を飲み、食事をしつつ、物語に秘められた背景を説明してもらった。

 アイルランドの作家ジョイスや仏作家セリーヌを愛する同氏は、淡々とした文章より、冗舌で話し言葉のような文学を理想とした。「高らかな声にこそ、リズムと緩急がある。だから、広場の語り手の声は、私の仕事に大いに参考になりました」

 同氏の代表作の一つ「マクバラ」は、ハルカとの交流の体験から生まれた。ハルカが物語を語る時の調子を文体に採り入れたという。

 同氏は今も、夕暮れ時の約1時間を広場で過ごす。広場の芸人たちの中で同氏を知らない人はいない。相談を持ちかけられることも多く、フランスで公演することになった蛇使いのために蛇を持ち込む許可証の取得に奔走したこともあるという。

 30年あまり、同氏は広場の変遷を見つめてきた。周囲でビルの建設計画が持ち上がった際には、景観保護を訴えて抗議の声を上げた。

 今、気になるのは観光客が急増していることだ。観光客が増えると芸人たちは潤う。一方で、観光客受けする芸ばかり盛んになり、語り手らの居場所が狭まりかねない。「観光客がいる広場だったらいいのだが、観光客のための広場になってしまわないかと心配です」(国末憲人)

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