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広場の語り部 減る一方 モロッコの広場から―3

2009年7月15日12時19分

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写真ジャマ・エル・フナ広場で物語を語る「アザリア」ことアブドラヒム・エルマクリさん=アフメド・ベンイスマイル氏撮影

 モロッコの古都マラケシュにあるジャマ・エル・フナ広場の物語の語り手「ハルカ」に魅せられた作家は、少なくない。1954年に英国から訪れたノーベル文学賞作家エリアス・カネッティ(05〜94)だ。断想「マラケシュの声」で「(アラビア語の話を)理解するためならどんな犠牲でも払いたかった」と記した。

 カネッティはまた「一番繁盛しているのは語り手たち」と人気ぶりを描いた。その声は今も響いているか。現代のハルカに会いに行った。

 夕暮れが迫るころ、黄色い装束に身を包んだ男性が広場にやってきた。アブドラヒム・エルマクリさん(52)。「アザリア」という通称で知られる一番人気のハルカだ。

 おもむろに声を張り上げ、物語を語り始める。人々がぞろぞろと集まる。アラビア語の方言だから全くわからないが、豊かな身ぶり手ぶりと表情、言葉の抑揚や声の変化だけで十分楽しい。話の盛り上がり具合も伝わってくる。

 アザリアは1歳で母を失い、祖母の昔話を聴いて育った。広場のハルカの物語にも魅せられて通った。モロッコ各地で語り手としての修業を積み、70年代以降毎日のように広場に出る。「私たちは広場の申し子。広場で稼いで、広場で生きている」

 アザリアと一緒に広場に来たモハメドサレール・アルギビさん(56)もハルカの一人。「子どものころ、勉強がいやで仕方なかった。だからハルカになった」と笑う。レパートリーには千夜一夜物語も、10分間のコントも。自ら30話以上の物語も創作した。

 ただ、広場でのハルカの数は次第に減っている。地元カディアヤド大学の学生らの調査によると、60年代に20人近くいたが、現在は7人だけ。大きな理由は、もうからないことだ。1日の稼ぎは50ディルハム(約500円)程度。他の大道芸が欧米からの観光客に大受けするのに対し、アラビア語で話すハルカは地元の人からの少額謝礼しか受け取れないからだ。

 状況を改善しようと、03年以降ハルカを有償で小学校に派遣したり、エイズ予防啓発の創作話で社会教育に一役買ってもらったりと、国連教育科学文化機関(ユネスコ)などの支援プログラムが進行中だ。これには日本政府が93年に設けた「ユネスコ無形文化財保存振興日本信託基金」から15万ドル余り(約1500万円)が拠出された。ユネスコ・ラバト事務所のモハメド・ウルドハタール文化専門官(52)は「日本の支援には本当に勇気づけられた」と話した。(国末憲人)

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