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アンズの木に魂込める 古代からの音色―1

2009年8月3日17時21分

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写真ドゥドゥクを演奏するホバニシャンさん=エレバン、副島写す

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 キリスト最後の12時間を描いたハリウッド映画「パッション」。十字架上のキリストが息絶えようとする場面で流れるのが、アルメニアの民族楽器ドゥドゥクの音色だ。

〈関連動画〉アルメニアの民族楽器ドゥドゥクの音色

 世界最古のキリスト教国アルメニアでは、アンズ(アプリコス)のことを、庶民は愛着を込めて「アルメニコス」と呼ぶ。紀元前に生まれたドゥドゥクの音色もまた、そのアンズの木からしか出せないという。

 クラリネットとオーボエの音が重なったような響き。それは祈りにも例えられる。ドゥドゥク奏者の第一人者ジバン・ガスパリャンさん(80)は「演奏するのではなく、ドゥドゥクと語り合う。魂と触れ合わないと、いい音は出てくれない」と言った。

 ソ連時代、モスクワでスターリンの前で演奏し、腕時計を贈られた。すぐに売ってピロシキを買った。それほど生活は苦しかった。だが、今の舞台は世界だ。01年のアカデミー賞映画「グラディエーター」にも曲が収録され、有名オーケストラとも共演する。「バイオリンのように普遍性を持つ楽器だ」と感じる。

 その一方で危機感を募らせていたのがユネスコだった。かつて葬儀や結婚式など身近な行事で披露されてきたドゥドゥクの演奏機会が、ここ数十年で減ったとみていた。

 作曲家のバシュ・シャラフャンさん(43)は、ドゥドゥク奏者でもあるゲオルク・ダバギャン国立音楽院教授(44)と組んで、ドゥドゥクとオーケストラが共演できる楽曲を作り、その楽譜集をユネスコの支援で世界に配った。

 「ユネスコは『先祖の声』を残す基盤を作ってくれた。あくまでドゥドゥクの味と本質を失わないようにしながら、世界のオーケストラと対話したい」と2人は語る。

 民族楽器の枠を超えて息づくドゥドゥク。それを支える若い世代も育っている。

 7月半ば、首都エレバンの民芸レストラン。エマヌエル・ホバニシャンさん(25)は弦楽器とともに10曲近くを演奏した。ほおを膨らますドゥドゥク特有の奏法には、哀愁と力強さが同居する。音楽院で教える傍ら、ジャズやアンサンブルのコンサートに出る機会も多い。「でも、大事なのは伝統。ドゥドゥクはアルメニア民族そのものだから」

 父を継いだドゥドゥク職人のアルトゥール・グリガリャンさん(32)は「1本作るのに2年以上かかる」と言った。いい木を選び、十分乾燥させた上で加工する。インターネットの普及とともにここ数年、欧米など国外からの注文が増えた。「音を守る責任の重さを感じる」。穴が表に八つ。裏に二つ。長さ30センチほどの一見単純な楽器でも、そこには魂が込められている。(エレバン=副島英樹)

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