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自由な時代、響く馬頭琴 古代からの音色―3

2009年8月5日15時5分

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写真鮮やかな民族衣装で祭典ナーダムの開会を飾る馬頭琴の楽団=ウランバートル、市川写す

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 モンゴル最大の祭りナーダムが始まった。相撲と弓、競馬で男たちが強さを競う。建国記念日にあたる7月11日。ウランバートル市の中央競技場で行われた開幕式では、馬頭琴楽団の調べが場外にもあふれる1万人以上の観衆の興奮に花を添えた。

〈関連映像〉モンゴルの民族楽器、馬頭琴

 名前の通り柄の先に馬の頭が彫られ、馬の毛で作られた弦と弓がこすれあう。モンゴル語でモリン(馬の)ホール(楽器)。バイオリンや中国の胡弓(こきゅう)の澄んだ音色とは違う、重量感のある、空気を裂くような音質だ。

 数少ない女性奏者の一人、ウーガントヤさん(31)は15年間ずっとこの特別な日をスタジアムで迎えている。「会場の真ん中で体いっぱい使って音を出す。モンゴル人だなあと実感する瞬間です」。10歳で弾きはじめ、才能が認められて国立馬頭琴交響楽団に入った。「馬頭琴は人生のすべて。夫よりもつきあいが深いのですから」と笑った。

 国立楽団は93年に誕生した。旧ソ連の影響下から離れ一党独裁が幕を閉じた3年後のことだ。紀元前の誕生ともされ遊牧民が細々と伝えてきた馬頭琴が民族のシンボルとして息を吹き返したのは、民主化の歩みとともにある。

 ゲル(移動式住居)の外につないだ馬の尾が空気と触れて音を奏でた。大好きな馬を亡くして皮や毛を形見に楽器を作った――。演奏や研究の第一人者、国立楽団のバトチョローン団長(57)は、馬頭琴誕生にまつわるいくつかの伝説を語ってくれた。

 馬を愛する遊牧民が儀式の時に狭いゲルで弾いていたころは、胴体に馬の皮を使い、音も響かなかった。でも皮は腐りやすい。徐々に胴と弦は木材とナイロンに代わり、響きをよくするために胴にも切れ目が入りチェロのようになった。楽器の「現代化」は社会主義時代に拍車がかかる一方、伝統的な民謡はさびれ、弾き手も減った。

 国立楽団の発足で歯止めがかかり、9年後の02年には大統領令で「国民の宝である馬頭琴を尊重し、広げていこう」と呼びかけられた。演奏の場はゲルより楽団が主流になったが、習う人が増え、職場に飾られることも多くなった。

 「楽器の形や演奏形態は変わったが、大切な馬の生きた毛を使って民族の歌を奏でる精神は受け継がれた」とバトチョローンさんは話す。

 音楽舞踊学院で32年間指導しているバトバヤル教授(53)も「昔と90年代以降では、馬頭琴の環境は夜と昼ぐらい違う」と復活を喜ぶ。

 「自由に弾ける時代になって、モンゴル人の情緒に合うとしみじみ思う。草原に青空、川、風。広がるような音が出る。馬の走りを表すリズムも。何年弾いても、弾く時はうれしくてたまらない」(ウランバートル=市川速水)

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