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消えゆく「サヌアの歌」 世界遺産とともに―2

2009年12月1日15時49分

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写真サヌアの歌の伴奏に使われる銅盆。旧市街の銅製品の店に1枚だけあった=サヌア、平田写す

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 城壁の中に足を踏み入れると、中世のアラブ世界に迷い込んだかのようだ。イエメンの首都サヌア旧市街。複雑に入り組んだ路地。石やれんが造りの6階建て前後の住宅が6千以上も軒を連ねる。86年に世界遺産に登録された。

 市場を歩く男たちはワンピースのアラブ服、頭にターバン、へその辺りにはジャンビヤと呼ばれる半月形の刀をぶら下げている。ほおがゴムボールのようにふくらんでいるのは、カートのせいだ。覚醒(かくせい)作用があるとされる木の葉をかむ。

 昼下がりには仲間が家に集まり、カート・パーティーを開くのが習慣だ。欠かせないのが「サヌアの歌」だった。中東の弦楽器としてよく知られたウードを一回り小さく細長くしたカンブースと、サーン・ヌハースという銅製の盆を指でたたいて伴奏する。だが03年に無形文化遺産に指定されたこの音楽は、消滅の瀬戸際にある。

 旧市街の店に1枚だけ銅盆があった。直径30センチ、縁の高さは5センチほど。だが、店主のサイラフィーさん(30)は「父親から楽器だとは聞いていたが、演奏の様子はテープで聞いただけだ」と話す。

 伝統音楽保存センターのジャービル所長によると、「サヌアの歌」はイスラム支配下のイベリア半島が発祥で、17世紀にイエメンに伝わった。伝統的な4行詩がサヌア方言を使って散文的になり、親子や男女の愛情を取り上げるいまのスタイルが確立したのは20世紀初頭だという。

 しかし、南北分断、内戦など不安定な政情、西洋音楽の流入やアラブポップスの人気などで、演奏の機会は次第に減った。いま60代の人が子どものころに生で聴いた記憶がある程度だ。

 銅盆演奏の名人は昨年亡くなった。カンブースの第一人者も60歳前後。ジャービル氏は「親から子へと口承されるのが伝統なので、後継者づくりは難しい」という。

 元国営放送総裁のアリーさん(62)が、自宅で演奏会を開いてくれた。奏者はザマーリーさん(65)。3曲ほど披露したが、表情がさえない。「一人前とされる99曲を覚えたが、20曲くらいしか思い出せない。たまに放送局に呼ばれてスタジオで披露するくらいだからね」

 カンブース職人もサヌアではフアードさん(49)1人になった。カンブースは1本の木をくりぬいて作る。木材の性質や厚みで微妙に音色が変わるため、技術が必要だという。しかし、注文は年に2、3本。フアードさんは「奏者や楽器職人の生活が成り立つような支援がないと、この伝統音楽は途絶えてしまうだろう」と訴えた。(サヌア=平田篤央)

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