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2000年の歌声、棚田の誇り 世界遺産とともに―3

2009年12月2日15時57分

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写真民族衣装をまとい棚田でフドゥフドゥを詠唱する子どもたち=イフガオ州フンドゥアン、松井写す

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 谷間の底から天に向かって昇っていくような段丘。上から下の田へ順番に水を流す水路。フィリピン北部の山岳地帯コルディレラ地方の人々が長い年月をかけて築き上げてきた棚田の光景は、神々しさを感じさせる美しさだ。

 「私たちの祖先はこの風景の中で耕作し、かつ歌ってきた。フドゥフドゥのほとんどの物語の中で、川や山腹といった言葉とともに棚田という言葉も登場するのです」

 コルディレラ地方に住むイフガオ族の文化についての第一人者マヌエル・ドゥラワンさん(74)は、世界遺産の棚田群と、ユネスコの無形文化遺産に登録されたフドゥフドゥの関係をこう説明する。

 フドゥフドゥは、2千年前とも言われる昔から、この地方に棚田を造り上げてきたイフガオ族が口承で伝えてきた詠唱だ。ムンハウエと呼ばれるソロの歌い手と、ムンアブイと呼ばれるコーラスが交互にメロディーを繰り返しながら、英雄の戦いや愛、勇気など民族の伝説を語っていく。

 フドゥフドゥは稲の収穫時と葬儀、一度埋葬した遺体を後に取り出して洗い清めて改めて葬る「洗骨」の3種の機会に歌うのが基本だ。狭く険しい棚田でのつらい農作業の気を紛らわせたり、幾晩にもわたって続く葬儀で眠気を追い払ったりするための余興として受け継がれてきた。

 「子どものころに姉から耳で聞いて覚えた。収穫のときはいつも歌うので、歌詞は自然に口をついて出てくる」。ムンハウエのワニタ・ビンノグさん(77)は話す。「子どもや孫にも教えようとしたけど、覚えなかったけどね」

 長年自らの文化を外部の侵入者から守り続けてきたイフガオの地でも20世紀以降、貨幣経済の流入などで伝統文化は少しずつ失われていった。農業を捨てる若者が増え、管理や修復をする人が少なくなった結果、荒廃が進んだ棚田群は01年、危機遺産に登録された。フドゥフドゥの歌い方や意味がわからないイフガオの人も多い。

 一方で、遺産登録をきっかけに、イフガオの学校ではフドゥフドゥの授業への導入が進む。各地の歌い手が集うコンテストも開かれるようになった。「フドゥフドゥを歌うことが再び人々の誇りになりつつある」と、フィリピン国家文化芸術委員会のヘスス・ペラルタ顧問は言う。

 葬儀で、棚田で、フドゥフドゥを歌い語る子どもが増えている。82歳の女性の葬儀で歌った小学生マルセド・アンボンボンさん(12)は言った。「発音は難しいけど、物語はおもしろい。将来はムンハウエになりたい」(イフガオ州キアンガン=松井健)

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