たき火の火は、なぜこれほど、明るく輝くのか
さかずきの酒は、なぜこれほど、よく香るのか
それはいま、村のみんなが、楽しく集うから
色とりどりの民族衣装をまとった男女が、高音を響かせる。中国四川省の山間部に暮らす少数民族チャン族が、年越しを祝って歌う一節だ。2008年5月に起きた四川大地震で被災した北川チャン族自治県の郷土料理店で、店員たちが観光客向けに披露している。年越し行事は昨秋、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産・緊急リストに登録された。
「震災で亡くなった人たちのためにも伝統を守りたい」
地元政府からチャン族文化伝承人に任命されている母広元さん(70)は話す。集落の1.5キロ先にある中心街は、人口の6割超の約2万人が犠牲になり、いまも封鎖が続く。廃虚となった街を目当てに観光客が集まり始め、同店も昨年8月に営業を再開した。地元政府も観光地化による復興を支援しており、年越し行事に使う集会場を新たに整備するなどした。ユネスコに登録されたことで、発展への期待が高まる。
年越しは毎年秋、ソバや麦類などの収穫が終わる旧暦の10月1日にある。「釈比(シービー)」と呼ばれる祭司が山で祈りをささげ、盛大な宴会が始まる。たき火を囲い、ヤギをつぶして肉を食べ、裸麦から造った酒を酌み交わす。ヤギ皮の太鼓に合わせて歌う曲は、主なものだけで20曲を超える。
チベット系の遊牧民族がルーツとされるチャン族の歴史は、3千年前にさかのぼる。独自の文字を持ち、古代中国では一定の勢力をもったが、一部が漢族と同化。現在の人口は30万人ほどだ。文字は廃れ、チャン族語を話す人も少なくなった。
文化大革命では伝統行事が禁止され、貴重な文献や経典などが焼かれた。改革開放が進んだ80年代以降は、職を求めて山を離れる若者が増えた。さらに、地震では歴史的建造物の多くが失われ、10人以上の祭司や伝統文化に通じた多くの人材が亡くなった。
震源地に近いブン川県(ブンはさんずいに文)蘿蔔(らふく)村では、標高2千メートルの尾根に2千年以上前から続くチャン族の集落が壊滅した。約1千人の住民は、住宅の再建をあきらめて近くの山の斜面に移転した。祭司だった長老の男性(92)も犠牲になり、集落の伝統が揺らぐ。
祭司の跡を継いだ弟子の王明傑さん(69)は「民族の伝統文化に関心を持たない若者が増えたが、後継者を育て再建に貢献したい」。震災後、新たに30代と20代の3人に歌や踊りなどを教え始めた。(中国四川省=小林哲)
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昨年秋にアブダビで開かれたユネスコの無形文化遺産委員会は、保護策をとらないと消滅する恐れのある文化を登録する「緊急リスト」に12件を登録した。その現場を訪ね、人々の取り組みを見た。