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福招く村の「皇帝」復活 緊急リストから―2

2010年2月2日15時36分

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写真ツァーリ(皇帝・君主)に扮した男らが演じるセメジェボ村の年越しの行事=国末写す

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 寒さを通り越して、肌が痛い。旧正月の前夜にあたる1月13日。夕暮れを迎えた雪原の村は、零下20度近くに冷え込んだ。ベラルーシ中南部のセメジェボ。1252人の村人の年越しの楽しみが「ツァーリの訪問行事」だ。

 担うのは村の男たち。白装束の7人のツァーリ(皇帝・君主)役、彼らに従う兵士姿の医師役、老夫婦役と、総勢10人余りがアコーディオンと太鼓に合わせて行進する。

 1軒の民家にどやどやと上がり込んだ一団が演じるのは10分程度の寸劇。いつも決まった筋のコメディーだ。ツァーリの1人、ロシア民衆劇の主人公マクシミリアンが、タタール人の将軍ママイと剣を交える。敗れたママイは負傷。医者の看病を受ける。

 「頭が痛い? ならば髪の毛をそって進ぜよう」

 「心臓あたりが痛い? ウオツカを飲みなさい」

 めちゃくちゃな治療から逃れようとするママイの姿が、住人の笑いを誘う。

 住民らはツァーリたちの訪問を「福を招く」と大歓迎。食物や酒を差しだす。一団を迎え入れたマリヤ・アブリロビッチさん(68)も、ウオツカの瓶や自家製ソーセージをツァーリらの袋に詰め込んだ。「毎年来てもらっているんだ。孫もツァーリを演じているしね」とうれしそうだ。

 一通り回り終えた一団は、集まった酒とさかなで宴会。初めて一団に加わった高校生アンドレイ・パルチャフさん(16)は「みんなと一緒に演じられて光栄。ずっと村に住んで参加し続けます」。

 ツァーリの寸劇が始まったのは17世紀末〜18世紀ごろだが、年末に若者が家々を回って祝儀をもらう風習は、キリスト教以前のスラブ民衆信仰に起源を持つ。このため、ソ連時代末期には、発言権を強めた地元キリスト教会の横やりで開催が禁止された。しかし、ツァーリが新年に幸せを連れて来ると信じる村人らの望みで1997年に復活。その中心となって尽力し、今もママイ役を演じるギオルギ・チモノフさん(51)は「当時、若い人を集めるのに苦労した」と回想する。

 伝統工芸の織物と農業以外目立った産業がない村からは、進学や就職で首都ミンスクに出る若者も多く、後継者への懸念が絶えない。危機感を抱く政府の働きかけで、行事は昨年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産・緊急リストに登録された。今後はユネスコと協力して継承プログラムを策定する。

 国際博物館会議ベラルーシ委員長のアラ・スタシュケビッチさん(47)は「ベラルーシには他にも豊かな民俗文化がある。この行事の登録をきっかけに無形遺産の保護意識を高め、各地の行事の振興につなげたい」と話した。(セメジェボ=国末憲人)

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