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麗しの島 伝統憂う男声 緊急リストから―3

2010年2月3日15時2分

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写真仏コルシカ島の合唱「パギエラ」を歌うペトル・グエルフチさん(右)ら=コルシカ島、国末写す

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 「パギエラ」の歌い手たちが集まってくれることになった。

 地中海に浮かぶフランス・コルシカ島は、奇岩絶壁の海岸線と標高3千メートル近い山塊がつくる景観から「麗しの島」と呼ばれる。パギエラは、この島の山岳地帯の村々で、代々口承で伝えられる男声合唱。村に立つ市や祭りの場、教会のミサなどで歌われてきた。起源は中世とも17世紀とも言われる。

 島の中心都市アジャクシオ近く、この音楽を研究するコルシカ大学のドミニク・サリニ教授(65)の自宅に男5人がやってきた。輪になって向き合う。ペトル・グエルフチさん(54)が「セコンダ」と呼ばれる主旋律の声を上げる。低音の「ウバス」、高音の「テルツァ」が順番に加わる。

 野太く個性的な3声が複雑に絡み合う。華やかな装飾音や震えがメロディーを彩る。親しい人々が大声で歌いながら語り合っているかのよう。同じ合唱でも、舞台上で多くの人が声をそろえる合唱団の音色と、何と異なることか。

 この日の歌20曲余りはコルシカ語の愛の歌。「歌の内容より音の響きが大切」とサリニ教授が説明した。輪になるのは、互いに呼吸を合わせるため。「パギエラの魅力は、歌い手同士が同じ感情を共有している、という連帯感」と、歌い手の一人ピエールアンドレ・パオリさん(35)。

 グエルフチさんは山あいの村セルマノで代々歌を伝えてきた家系に生まれた。物心がつくころから歌い、今や当代随一の歌い手と言われる。ただ、現在パギエラを歌える人は約30人。その多くは、グエルフチさんより上の世代だ。「時間が残り少ないと感じます。私たちが死んだら、そのままたくさんの歌が消えてしまう」とグエルフチさん。

 パオリさんら4人は少年時代に通った歌唱教室でパギエラに接し、新たに習った次世代だ。ただ、パギエラは即興で合わせる部分が多いなど習得が困難で、何度も山村に通うなど苦労したという。

 パギエラが昨年、ユネスコ無形文化遺産の緊急リストに登録された大きな理由は、その下の世代を育成したいから。登録は通常、政府が主導するケースが多いが、パギエラの場合、地元の研究者や歌い手の友人らが政府に熱心に働きかけて実現した。

 リスト登録後は、歌に関する研究や継承活動が強化される。ただ、険しい地形から交通の便が悪く、牧畜などに生計を頼る山村は、近年過疎化が激しい。パギエラを育んできた山村の生活自体が消滅する危機にさらされている。「このままでは、歌が残っても、なぜその歌を歌うのかという意味が失われてしまいかねない」とサリニ教授。関係者の懸念は深い。(アジャクシオ=国末憲人)

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