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9歳の歌い手 希望の芽 緊急リストから―4

2010年2月5日15時55分

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写真中国寺の本堂でカーチューを演奏するグエン・ティ・シンさん(左)たち=ハノイ、山本写す

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 時折、のどが詰まる。それでも声を絞り出して歌う姿が痛々しくも見える。ベトナムの首都ハノイにある小さな中国寺の狭い本堂を借りて毎週土曜の夜に開かれている伝統歌曲カーチューの演奏会で、87歳のグエン・ティ・シンさんの甲高い声が響いた。プロの歌手になったのは2年前、85歳の時だ。

 「ベトナムの古典ギター」とも言われるダンダイと、小さな太鼓のチョンチャウの伴奏で演奏されるカーチュー。女性歌手が、先祖への感謝や人間愛などを表現した詩を、細長い板のような棒をばちでたたいて音頭をとりながら、ゆっくりと語るように歌っていく。弦楽器と太鼓が奏でる音色と重なると、物悲しさにも似た、しんみりとした雰囲気に会場は包まれる。

 ダンダイを弾くブー・バン・ホンさんも90歳。「技術を最も要するのが歌手で、次がダンダイ。担い手は、ほとんどいなくなった」と会の主催者でカーチューの普及活動をするレ・ティ・バック・バンさん(52)は残念がる。自身も歌手。消えゆく歌い手の掘り起こしに各地を回り、シンさんをスカウトした。

 もともとは王族や知識層、庶民にまで広く愛され、祭事には必ず演奏された音楽だった。フランス領下で娯楽が盛んになり、売春施設でも演奏されたことで印象が悪化。ベトナム戦争後の社会主義国家に敵視され、歌手は身分を隠した。1990年代まで続いた偏見は後継者を途絶えさせ、カーチューは消滅の危機に陥った。

 シンさんも偏見を恐れ、16歳で歌を捨てた。今は高齢化したシンさんのような元歌手を見つけるしか、カーチュー復活に道がないのが現状だ。

 「ドイモイ(刷新)」と呼ばれる改革・開放政策で経済発展を遂げたベトナムで、若者の関心は欧米の流行歌に集まる。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産・緊急リストに登録されたと聞いても、「誇りに思ったけど、伝統衣装のアオザイと一緒。外国人には評価されても、私たちには時代遅れの音楽」と大学生のレ・マイ・フォンさん(20)は言う。若い世代を代表する意見だ。

 だが希望の芽はある。最近、9歳の歌い手が出た。「楽譜も教科書も存在しない。体で覚えるしかないから、技術習得には時間がかかる」と厳しいバンさんだが、喜びは隠せない。寄付で場所を借り、演奏会を開く愛好家は全国で60団体に上る。40歳代以上で伝統に立ち返る人たちも出始めた。

 それを聞いてシンさんはうれしそうだ。「私よりも先に消えてもらっては困る。カーチューの復活を見るまで私は歌い続ける」(ハノイ=山本大輔)

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