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外界と隔たり 文化育む マダガスカルから―2

2010年4月20日15時51分

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写真早朝に竹馬で岩場を駆け上がる子ども=アンボヒマナリボ村、千葉康由氏撮影

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 日の出にはまだ早い朝5時過ぎ。霧と木造家屋からもれ出す炊事の煙の中に、山上の木彫りの村アンボヒマナリボがうっすら輪郭を見せ始める。

 電気や水道など便利なものはない。どの家でも家族が囲炉裏の火を囲み、薄明かりの中でトウモロコシのかゆを食べている。

 村の小学校教師フランソワ・ナイブマヘファさん(50)はここで生まれ育った。「町の中学校に通った時は、自動車や電灯に驚いた。でも、ここには仕事も食べ物もあり、家族や友人もいる。不自由はない」

 ユネスコ無形文化遺産の木彫り技術が残るマダガスカル中部ザフィマニリ地方。標高600〜1800メートルの山中に点在する100ほどの村では、約5万の人々が谷間の棚田で稲作し、木や竹を切って売り、暮らしている。

 かつては首都アンタナナリボ周辺にいたが、17〜19世紀末に栄えたメリナ王国に追われ現在の地域に移り住んだ。車で行けるのはアントエチャ村まで。外界との隔絶が、独特の木彫り文化を育んだ。

 その特色を最もよく残すのが、一番奥のアンボヒマナリボ村だ。訪問には、急斜面の上り下りを繰り返さねばならない。道とは名ばかり。幅10センチほどの細道や、ツルツルの大岩の上を恐る恐る進むことになる。アントエチャ村から7時間はかかる。

 「遠すぎて、観光客は少ない。去年は5人だけ」とラクトゥ・マヘファ村長(38)。外国人慣れしていない村民は、カメラを向けると「バザハ(外国人)」と叫んで逃げ、離れた物陰から好奇のまなざしを向ける。

 観光客の来訪を除けば、村民と都市文化との接点は毎週水曜日。アントエチャ村に立つ市場に数十人が出向き、農作物や手作りのござ、木彫りの品々を売り、塩や砂糖、足りない米を買って帰る。

 数十キロの重荷を担ぐため、山道の悪路ぶりは健脚自慢の村民にも厄介の種だ。ラクトゥ村長は「政府は何もしない。観光のためにも、村民が年1回してきた道路整備を増やす必要がある」と嘆く。

 便利さを求め、この約10年で30以上の家族が都会へ移った。村では通じない携帯電話を、町へ出た時のために買った村民もいる。

 農業とござ売りで暮らすマリアンヌ・ザザルハバナさん(40)は、木彫り職人の夫が十数年前、沿岸部へ材木業の出稼ぎに出たきり、音信不通になった。「いつか帰ると信じている。私のように、山が好きな人だから」と話した。

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