19世紀ロシアの作曲家ムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」を知る人は多いだろう。7月7日(旧暦6月24日)のイワン・クパラ(聖ヨハネ祭)の前夜、闇の訪れとともにざわめく山の霊たちの姿を描写した楽曲だ。
騒ぐのは、山の霊だけでない。ロシアやウクライナなどスラブ圏の人々にとっても、この夜は豊作や繁栄を祝う、一年で最大のお祭りだ。水浴びで身を清めた若者たちが集い、歌い、踊り、出会いから愛を育む。いくつかの儀式に彩られた祭りの起源は4世紀にさかのぼるともいわれ、キリスト教以前の民間信仰が持つ奔放さ、猥雑(わいざつ)さが色濃く残る。
だから、ロシア正教下で、続いてソ連体制下でしばしば弾圧を受け、禁止された。祭り自体が廃れた地域も少なくないなかで、毎年敷地内で行事を催して伝統の継承を目指す博物館があると聞き、ウクライナを訪れた。
キエフ郊外ピロゴボにある国立科学アカデミー所属の「民俗建築生活博物園」。森の間に国内各地の300軒の民家や施設を移築した野外博物館だ。ソ連時代の1976年に開館。地元で「イワナ・クパラ」と呼ばれるこの祭りは、82年から毎年園内で開催される。祭りが残る村からお年寄りらを招き、若い人々と一緒に開くことで、しきたりや精神を伝えようと試みる。
当日、まだ日が高い午後5時、園内には数千人の市民が集まっていた。民族衣装に身を包んだ年配者らと、普段着姿の若者が交ざる。グボズジブ村から招かれて歌を披露していたビエラ・ドゥーバスさん(60)は、同園の催しに参加して20年余り。祭りの歌は祖母から習い、村祭りで歌ってきたという。「ソ連時代に下火になっていた伝統行事が最近、次第に復活してきた」と喜ぶ。
様々な催しがある祭り中で、一つのクライマックスは手をつないだ男女が炎を飛び越える行事だ。手を離さないと結婚、離すと別れると言い伝えられる。
リュバさん(28)、ブラードさん(27)の2人も手をつないだまま飛び越えた。すでに結婚4年。「夫婦が今後もうまくいくように」と願って参加した。リュバさんは6年前にもここで火を飛び越えた。今の夫と? 「ううん、別の男性とよ」
祭りを企画する学芸員のニーナ・ゾズリャさん(62)によると、同園が祭りを始めた当時、若者はほとんど関心を示さず、断絶しそうな雲行きだった。ゾズリャさんらは村を訪ねて調査を進め、復活を試みたという。
同園はこのほか20件前後の年間行事を園内で開催。民家の飾りもその地方の人々に作ってもらう。ゾズリャさんは「建物を残すだけでは、人々の生活の歴史を伝えられない。家を取り巻く雰囲気をつくり出すことこそが大切」と話している。(キエフ=国末憲人)