南アフリカは医療水準の高い国だが、普通の人々はもっぱら、薬草や先祖の霊力を用いるという伝統療法を頼りにしている。
北東部の鉱山労働者の村プラクティシア。イニャンガと呼ばれる薬草師のアニカ・ムコンドさん(57)は、患者からあれこれ病状を聞き取りはしない。
10月中旬、訪れた患者タペロ・ラマイラさん(22)を自宅の診察小屋の床に座らせ、その様子をまずは観察。次に霊力が宿るとされる貝殻や小石、動物の骨をござの上にまき、その配置を見て病状を占う。考えが決まると、植物の粉末を幾つか調合し、渡して言った。「あなたは帯状疱疹(ほうしん)だね。私の飲み薬で1、2週間で治るよ」
この道16年のムコンドさんを頼り、患者は毎日10人は来る。評判を聞き、遠くケープタウンから来る人もいる。
人気の秘密は、プラスチック容器に入って整然と並ぶ薬草の数々や、カルテ作りなど、洗練されたスタイルにある。「ウィッツ大学で受けた講習のおかげだよ」とムコンドさんは言う。
南ア随一の教育水準を誇るヨハネスブルクのウィッツ大学は昨年、現代医学やエイズ予防、経営、法律などの知識を伝統療法師に教える4週間の講習を不定期で始めた。ムコンドさんは1期生だ。
講習を担当するマズル・グンディドザ教授(薬理学)は「伝統療法は医師からバカにされてきたが、医薬品の約7割は植物原料。伝統療法と医学は補い合える。教育水準の低い伝統療法師たちに講習を提供し、両者の距離を縮めたい」と狙いを説明する。
南アの伝統療法には、祈祷(きとう)や占いが専門のサンゴマと、治療を受け持つイニャンガがある。使う材料は、血行を良くするミントや、せきに効くヨモギ、鎮痛効果のあるヤナギなど千種類以上あるとされ、国民の8割が利用している。その理由は、医療体制の貧弱さにある。質の高い私立病院は治療費が高く、多くの貧困層が安い公立病院に殺到、どこも常に混雑状態だ。だから20万人はいるとされ、親身に相談に乗ってくれる伝統療法師が選ばれるのだ。
予算不足で公的医療が改善しないため、政府も伝統療法の見直しを進めている。目玉は、2007年に成立した伝統療法師法。伝統療法師の資格制度を準備中だ。
保健省の担当者は「南アで深刻なエイズの予防には、伝統療法師の協力が効果的。だから一定水準の確保が不可欠になる。それが彼らの、無形文化遺産とも言える伝統の保護にもつながる」と言う。
ケープタウンでは、政府機関の南ア医療研究協議会が、伝統療法の効果について研究を進め、ウィッツ大学と同様の講習も開いている。
10月中旬の1日講習に参加したサンゴマのシルビア・ムナケザさん(49)は「国が伝統療法を認めつつあるのはうれしい。ニセ療法師も増えている。政府と協力して、先祖伝来の知識と人々の健康を守りたい」と話した。(プラクティシア=古谷祐伸)