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 多くの若者が「社会起業家(ソーシャル・アントレプレナー)」を目指すようになりました。官でもなく、営利だけを求める民間企業でもない「新しい公共」といわれる分野です。社会に横たわる課題を解決することに挑戦する人たちで、ベンチャースピリッツを持ち合わせています。その第一人者で、病児保育という新しい事業分野を開拓した駒崎弘樹さん(フローレンス代表理事)に挑戦への思いを聞きました。

2014年10月17日

構成/安井孝之 写真/竹谷俊之

社会起業家は何のアンチテーゼか?

写真 駒崎弘樹(こまざき・ひろき)氏 79年生まれ。大学卒業後、フローレンスを立ち上げ、日本初の非施設型の病児保育サービスを展開。著書に「『社会を変える』を仕事にする」などがある。

夏野 僕は実は、「社会起業家」という言葉がすごく嫌いなんです。なぜかというとあらゆるビジネスはつまるところ何らかの形で社会に貢献すべきだと思っているので、起業家と社会起業家を分けて使うのは二つの「逃げ」があるのではないかと思っています。社会起業家と名乗りたい人の逃げは、お金のことを考えないという逃げです。もう一方の逃げは、「俺たちは起業家!」というビジネスセクターっぽい人が、お金稼ぎに邁進するという逃げです。企業は社会の一員ですし、すべてのビジネスはどこかで社会に貢献することで成り立っているはずです。悪いことをして儲けるビジネスは永続的に発展できませんから、時間で淘汰されます。そういう意味で、あえて社会起業家という言葉を使うのは、好きじゃないんです。その社会起業家の一番手と呼ばれる駒崎さんはどう思われますか。

駒崎 僕は社会起業家と自称はしてないですけれど(笑)。慶応大学の湘南藤沢キャンパス、SFCを2003年に卒業し、フリーターになってフローレンスを立ち上げたころは、社会起業家という言葉はありませんでした。外資系金融機関に就職したような友達は「何やるのお前?NPO?えーっ大丈夫なの?」という時代でした。

 そこから社会起業家という言葉が出てきて、「あなたは社会起業家なのかもしれないね」って言われて、すごく生きやすくなったんですよ。当時NPOと言っても「ンポ?ってなんですか」と言われるぐらいの知名度でした。「NPOってボランティア団体でしょう?」「いやいやそうじゃないんです」「アフターファイブに活動しているのはわかりましたけど、本業は何なんですか」「いえ本業がこれです」という状況だったんです。社会起業家という名前ができることで、職業なんだと認知されたという意味において助かったなと思いました。

写真 夏野剛(なつの・たけし)氏 1965年生まれ。慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授。NTTドコモ時代に、「iモード」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げた。ニコニコ動画のドワンゴの取締役もつとめる。

 社会起業家は何のアンチテーゼとして出てきたのか。補助金づけのいわゆる旧来の市民セクターに対して、ちゃんとビジネスやろうよ、というアンチテーゼとして出てきたのです。アメリカが発祥です。アメリカもレーガン政権の時などはたくさん補助金が出ましたが、双子の赤字(財政と経常収支の赤字)で、補助金は切られて、どんどん市民セクターは倒れていきました。でもそれでいいのかという機運が高まり、MBA(経営修士号)をとった人などが参加して、はじまったのがソーシャルビジネス、ソーシャルアントプレナー(社会起業家)です。

 それが10何年遅れて日本にやってきたのです。お金をもうけようとするビジネスのアンチテーゼとして出てきたわけではないのです。

夏野 なるほどそういうことか。いってみればサステナビリティー(持続性)という言葉とまったく同じですね。つまりちゃんとビジネスとしてお金が回らないと活動し続けられないというところから出てきた概念が社会起業家なのですね。

駒崎 補助金とか自治体からの委託費にすべてを依存していたらダメなのです。自主事業である程度回らなければいけない。僕もバックグラウンドはITベンチャーでした。病児保育と言うと、まったくもうからない業界だったのですが、なんとか利益が出て持続できるようにしなければとやっていたら、「ソーシャルベンチャーだね」と言ってもらえるようになってきました。

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従量制ではなく「月額定額制」に

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夏野 なんで普通のアントレプレナー(起業家)でなくソーシャルアントレプレナーになったのですか?

駒崎 僕はもともとITベンチャーの経営者をやっていました。やっていくなかでアイデンティティークライシスに陥った。楽しかったんですけれど、これが本当に自分のやりたいことなのかと、疑問を持ったのです。

夏野 2003年ぐらいだとモバイル系のベンチャーがたくさん出てきて、バブっていたころですね。西麻布で飲んで合コンやっているような若手経営者がたくさん出てきた時代でした。

駒崎 それって本当に僕のやりたいことなのか、と思う青臭いところがありました。もっと人の役に立つ、社会を変えるようなことをしたいなと思ったのです。それでアメリカのNPOを見てみたら、ウェブをつくっている僕らの会社のウェブよりもおしゃれだったんですよ。何でNPOがこんなに本格的なウェブ持っているのだろうと思いました。NPOのボードメンバーを見ると、CEO(最高経営責任者)とかがいるんですよ。「何でNPOにCEOなの? マーケティングディレクターもいるよ!」と驚きました。

 NPOからソーシャルビジネスへという流れが生まれていたのです。「これだ!」と思いました。ビジネスという剣を持って、社会の課題を解決していくということができるかもしれないと知りました。

 それじゃ自分にとっての社会問題ってなんだろう、と考えたのです。僕の母親がベビーシッターをしていました。母が「熱を出した子を預かれない」と言うのですね。子どもを抱えたお母さんは、子どもの預け先がなくて何日も会社を休まざるを得ないから、戦力外通告されて、会社を辞めた話を聞いたのです。

 「そんな話が21世紀の今、あっていいのか? しかも日本は世界第2位の経済大国なのに」と憤りました。子どもが熱を出すのは当たり前のことだし、親が看病するのも当たり前のこと。そんなことで職を失う国があっていいのか、と思ったのです。

夏野 世の中に対する「義憤」のようなものからはじまったんですね。

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駒崎 「オレが解決してやる」と踏み込んでみたら、めちゃくちゃいばらの道だったですけれどもね。補助金をもらわずにやろうとはじめてみたら大変だったし、事業として成り立つようなビジネスモデルでなんとかしようとしたら「もうけ主義だ」と揶揄(やゆ)された。いろんな人たちから攻撃されつつも、ちょっとずつ歩み、市民権を得ることができました。

夏野 事業として病児保育はまったく割に合わないじゃないですか。子どもはいつ病気になるかわからないから稼働率は悪い。そんなにたくさんのお金を払えないから当然収入にも限界があります。どうやってマネジメントしたのですか。

駒崎 ベビーシッターのように時間で料金を計算するという「従量制」だと成り立たないので、「月額定額制」ではどうか、と考えました。

朝日新聞 金融取材チーム Twitter

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