ヘルプ
マイページ
経済は長いデフレのトンネルから抜け出せず、少子化・高齢化の問題や大きな財政赤字を抱えた日本。多くの会社は高度成長期のような輝きはなく、若者たちの就職活動は厳しいままです。どうすればもっと元気な国になれるのでしょうか? 慶応大学大学院の夏野剛特別招聘(しょうへい)教授が日本を元気にする方法を政治家、経済人、NPO関係者などと考え、探っていきます。
2014年4月28日
構成/安井孝之 写真/竹谷俊之
夏野 昭和のサラリーマンの夢を描いたようなマンガで、大手家電メーカーを舞台にした企業の一課長が社長に上り詰めるまでの物語を描いた大人気マンガをご存じでしょうか? そのマンガがそもそも日本の弱点の象徴だと思っています(笑)。
長谷川 そうなんですか? マンガはあまり読まないのでわかりませんが。
夏野 主人公は課長のころから、やたら女にモテる。自分は出世しようという野心があまりないのに、社長になってしまう。俺はこんなことをしたくなかったんだけど、選ばれたんだ。人を蹴落(けお)としてまで偉くなろうと思っていなかったのに……。
この会社をどうしたいんだ、と考えていたのではなくて、なってから考えるんですね。そこで僕は作者に言ったんです。
長谷川 どういうふうに?
夏野 マンガの中で主人公が社長になったときです。6年ほど前のことです。「日本をよくするために、ぜひ主人公が会長になるときには、次期社長に40歳代の外国人を後継に指名し、取締役会の構成の半分ぐらいを社外にする、というふうにして下さいよ」と。
残念ながらマンガではそうなりませんでしたが、武田薬品さんが実現されたんです。事実がマンガよりも先に行った。本当にすごいことをなさった。
製薬の国内最大手、武田薬品工業が社長交代を決めた。会長となる長谷川閑史(やすちか)社長(67)が選んだのは………[続きを読む]
長谷川 まだ結果が出ていませんけれどね。
夏野 日本は人口が減少し、市場は必ず縮小します。企業は付加価値をつけるか、グローバルに展開するか、どちらかでないと生き残れません。それなのに、同じ釜の飯を食べた人のなかからリーダー選びをしていたら、イノベーション(革新・新機軸の創造)は起きないというのは、誰が見ても当たり前のことですよね。
長谷川 ロジック(筋の通った論理)で考えればね。
夏野 経営はまずロジックですからね。
長谷川 必ずロジックはあります。
夏野 長谷川さんはなぜ、多くの経営者ができないことをできたのですか?
長谷川 経営はロジカルに結論がでるのですが、それをいかに実行していくか、しないかで、決定的な差がでます。私の場合は、何がなんでもやらなければならないことは、やろうと思います。そのために周囲を説得し、取締役を説得し、みんなのコンセンサス(合意)づくりなど十分な説明がいるかもしれません。
夏野 日本では、正論では反論できないことについて、感覚的に嫌な場合、裏でこそこそ反対するようなことがよくあると思います。面と向かって話せばきちんとロジカルに説得できるものも、裏で反対されるとコントロールのしようがない。武田さんの場合はそんなことはなかったんですか?
長谷川 当社の経営に関わる意思決定機関には、社外取締役や外国籍の取締役を登用するなど、(ロジカルにことを運べるように)これまで相当いろんな布石を打って、多様性を受け入れる下地をつくってきています。世界のGDPの伸びの6割ぐらいは、GDPシェアで4割強しかない新興国が創出している。この傾向は今後も続きます。その前提で経営を変えてきました。
夏野 しかも新興国のシェアはこれからもっと大きくなる。
長谷川 新興国市場で自分たちが存在感を持って、自分たちの製品やサービスを売り、その国の成長や生活レベルをあげることに貢献する。それを通じて、自分たちの利益を国に持ちかえってくる、ということをしないと日本は世界の成長を取り込むことはできません。自分たちだけでできないなら、まず新興国市場に強い会社を買収することになります。
その会社をどのようにきちっと経営するか。私は11年間社長をやっていますが、新興国ビジネスの経験はない。感覚的にわからない。それがわかる人を探しました。社内にいないわけではないが、ベストではない。それでは社外から探してくる、となる。極めてロジカルな戦略です。
夏野 日本企業では、中途採用にしろ外国人採用にしろ、外から取ろうとすると、ボトム(組織の末端)から始めるところが多い。それに対して長谷川さんは上から手をつけられたということですね。
長谷川 両方です。米ボストンで毎年開かれるジョブフェアで留学生らを取るようになったのは、もう6年ほど前です。それとほぼ同じ頃、2008年にボストンの郊外の(マサチューセッツ州)ケンブリッジにあるがんの研究に特化したバイオ医薬品会社のミレニアム社を買収しました。11年にはスイス・チューリヒに本社をおくナイコメッドという新興国に強い会社を買収。それらをガバナンスをきかせてきちっと経営するとなると日本人だけでは難しい。財務や人事など企業経営にとって重要な部門の責任者として、グローバルスタンダードで通用する人材を採用して、経営させました。
なぜこんなに長い間、日本企業のリーダーたちが日本の未来に夢を見いだせず、前向きな投資に踏み切れなかったのか………[続きを読む]
夏野 必要に駆られて、外国人も登用してきたということですね。
長谷川 企業経営の難しいところは、やったことのない人が理屈をこねたり、教科書的な話をしたりして、こうやれと言ってもできないんですね。実績のある人を連れてきてやってもらうしかない。日本人がいなければ、外国人でもいいのです。
例えば、研究の生産性をどうやって上げるかということが大きな課題ですが、研究本部にある五つの重点領域と、外部組織にしているワクチン開発部門のトップはほとんど外国人です。研究開発の候補化合物を選定し、臨床試験実施のための申請を当局へ提出するまでの期間は武田の場合、グローバルスタンダードに比べて2倍以上かかっていた。「もっと短縮できないのか」と言っても、「できません」と研究者らはにべもなかった。でも、それぞれの開発のトップにした外国人らは手法がロジカルで、意欲をもって、コミュニケーションもよくしてくれて、あっという間にグローバルスタンダードに到達した。
こういうことを経験すると、自分たちがいかに「井の中の蛙(かわず)」だったかがわかる。
夏野 今回の社外から外国人トップを招くまでには、いろんな取り組みがいっぱいあったんですね。
長谷川 もがき苦しみました。
夏野 それでも、ワクチンを打ったみたいに、組織内に耐性ができていたんだ。大きな流れのなかで、これがでてきた。突発的にでてきたわけではないのですね。
外から人材がくると、中の人も活性化する傾向があります。いままで社内の競争相手は素性が知れていて、奥さんや家族構成だって知っているというところから、訳のわからないやつが来て、何を話しだすかもわからない。そうなると組織は活性化します。
長谷川 それはありますね。ただ、それを肯定的にとらえる人もいるけれど、否定的にとらえる人もいる。僕はできるだけポジティブになるようなメッセージを送り続けているのですが、「偉くなるのは外国人、女性、中途採用」と皮肉を込めて言う人もいる。
でも外国人がついているポストはグローバル化に対応して新設したポストです。これまで日本人がついていた既存のポストではない。日本人にもチャンスがあると思って欲しい。
夏野 成長を取り込むために外国人を採用しているのに、自分の雇用が奪われると不安になる人がいるんですね。
長谷川 海外でビジネスをしたり、投資をしたりしている企業は、国内でも雇用を増やしている例が多い。事実をきちっと見なければいけません。
夏野 長谷川さんはこのまま何年働かれるかわからないけれど、20年後は知ったことではない、と思ってらっしゃいますか?
長谷川 企業が置かれている状況で求められるリーダーの像は違うと思います。その時点でベストだと思う後継者を選んだとしたら、後はその人に任せる。退いた後、どうのこうのと考えたり、こうしてくれと言ったりしても知ったことではない、という意味で知ったことじゃない、といえなくもない。
夏野 今回のような決断は、武田の何年後をイメージされて下されましたか。
長谷川 10年ですね。
夏野 10年、そして30年後も武田がある前提でなさった。
長谷川 そりゃ、そうです。
夏野 しかもロジカルに。経営はロジックの部分はぶれないけれど、感情は変わりますよね。
長谷川 常に「情」と「理」との葛藤ですけれどね。
夏野 でも先を読むときはロジックを外してはいけませんね。それがわかっていながら、手が打てないというのは見据えている時間が短いからだと思います。自分の任期だけ良ければいいとなると、自分に都合のいい人材を後継者に選ぶ可能性が極めて高い、と思います。
経営者仲間から「いや、今回はすごいことをやりましたね。ウチの会社じゃできない」とか言われませんか。
長谷川 うーん、まあ。前半は言います。すごいことをやりましたよね、と。でも後半は、みんなのみ込んで、言いませんよね。ただ、これが成功するかどうかは、みな興味津々だと思います。
メディアでは外国人トップの経営は成功例よりも失敗例が多いと盛んに書いてもらっていますが、4月2日に後任のウェバーが記者会見し、面白いことを言っていました。「自分は統計学を勉強したが、日本の場合、外国人経営者が失敗するか成功するかの結論を出すには、統計学上サンプル数が少なすぎる」とね。ノン・ジャパニーズで成功しないとはいえないと極めてロジカルに説明していました。
武田薬品工業の社長に内定しているクリストフ・ウェバー氏(47)が2日、記者会見し、「あらゆる国で『患者や医師から最も良いサービスを提供する企業は………[続きを読む]
夏野 おそらくどっちが正しいかは、なかなかわからない。ただ、確実に言えることは日本の中だけでやっていたら、衰退するということは真実だと思います。
長谷川 環境が変化し、激変しているのに、何もしないで、サバイブする(生き残る)確率は上がるはずはない。新しい環境にどうやって対応するか。それはリスクを取るということだけど、「何かをやるリスク」より「じっとしているリスク」の方が大きいということを、これだけ環境が大きく変わっているなかで、考えなくてはならない。でも多くの人はそう考えない。それが問題だと思います。=続く
PR注目情報