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緞帳、対極の美 図柄の魅力は 新フェスティバルホール

写真:豊臣期大坂図屏風=4日午後、大阪市北区、伊藤菜々子撮影拡大豊臣期大坂図屏風=4日午後、大阪市北区、伊藤菜々子撮影

写真:柳橋水車図屏風=4日午後、大阪市北区、伊藤菜々子撮影拡大柳橋水車図屏風=4日午後、大阪市北区、伊藤菜々子撮影

 豊麗にして荘重。ふんだんに使った金糸がまばゆく輝く。10日開業の新たなフェスティバルホール(大阪・中之島)に二つの緞帳(どんちょう)がお目見えした。幅30メートル、高さ13メートル、重さ1・8トンで、国内の音楽ホールでは群を抜く大きさ。4日には、専門家2人の講演会があり、図柄の魅力が明かされた。(谷辺晃子、編集委員・今井邦彦)

■狩野博幸・同志社大文化情報学部教授

 それにしても、今回緞帳になった2枚の絵はまったく趣が違う。「豊臣期大坂図屏風」は庶民や侍の行き交う大坂の町が生き生きと描かれた風俗画。外国に保存されていたものが選ばれたことに感服している。

 もう一つ、長谷川等伯(1539〜1610)の「柳橋(りゅうきょう)水車図屏風」は日本の美、日本人の美意識を示した作品といえる。ちょうど今年、作家の安部龍太郎さんが「等伯」で直木賞を受賞した。機会とはこうして重なるものですね。

 等伯といえば日本の水墨画の最高作品とされる国宝「松林図屏風」が有名だ。彼の活躍した桃山時代は画壇に2人の巨人が現れ、戦い続けた。2人とはもちろん等伯と狩野永徳(1543〜1590)だ。

 等伯は幼いころを信春といい、能登の七尾で生まれ育つ。絵で名をあげようと、妻子を連れて京を目指したのは33、34歳のころだった。

 一方の永徳は当時30歳。京の画壇を席巻する狩野家の御曹司であり、日本の風俗画の最高峰とされる国宝「洛中洛外図屏風」を23歳で描いている。2人はライバル同士といいながら、ミケランジェロとラファエロとはわけが違った。

 おそらく等伯は狩野家に入門したが、当然離れてゆく。その後は堺の豪商たちと結びつき、千利休とも交流する。そして相当苦労しながら画壇に上り詰めるわけだが、「本朝画史」には当時の2人の確執がはっきりと記されている。

 永徳の死後、等伯の隆盛は大変なものがあった。「柳橋水車図屏風」はまさにそのころの作品。月の浮かぶ夜の景で、金色の橋の向こうには平等院鳳凰堂がある。つまり極楽浄土への希求が表現された意匠だ。装飾豊かな原画の世界が緞帳に見事に表現されたことは、大変ありがたい。

     ◇

 1947年、福岡県生まれ。九州大博士課程中退。京都国立博物館時代はスター・ウォーズ展なども手がけた。専門は桃山絵画、江戸絵画。

■高橋隆博・関西大文学部教授

 豊臣期の大川や船場、住吉など大坂の町を生き生きと描いた絵が、こうした文化の殿堂に緞帳として残される。豊臣秀吉も涙を流して喜んでいるだろう。

 この屏風(びょうぶ)絵は、オーストリア・グラーツの、現在は博物館となっているエッゲンベルク城の壁に、「インド風」の絵として飾られていた。現在は館長になった学芸員のバーバラ・カイザー博士が、2000年からの修理を機に由来の調査を開始。彼女から相談を受けたドイツ・ケルン大のフランチィスカ・エームケ教授が06年に関西大に来た際、私は写真を見せられて驚いた。間違いなく豊臣期の大坂城の姿だったからだ。

 17世紀半ばの屏風絵が、なぜオーストリアへ渡ったのか。1641年に幕府が鎖国政策を強化し、屏風の海外持ち出しも禁止されたが、それからもオランダ東インド会社を通じて流出は続いた。18世紀のエッゲンベルク候の財産目録には「インド風の屏風」の記録がある。多くの美術品を収集した3代目当主の注文を受け、オランダ東インド会社が買い付けたのだろう。

 この絵図では、本丸から北に架かる「極楽橋」が注目される。イエズス会宣教師が1596年に本国への報告で、屋根や望楼(ぼうろう)を備え、黄金に飾られた立派な橋だと記しているが、まさにそのままの姿だ。橋は秀吉の死後の1600年、彼をまつった京都の豊国(とよくに)神社に門として移築され、さらに2年後、豊臣秀頼が琵琶湖の竹生(ちくぶ)島に寄進したという記録がある。今も島の宝厳寺(ほうげんじ)に残る唐破風(からはふ)の門は、豊臣期大坂城の唯一残った建物の可能性がある。

 宝厳寺の門の欄間(らんま)に彫られた鳥は、中国で天子の乗り物を象徴する「鸞(らん)」だろう。秀吉は後水尾(ごみずのお)天皇の大坂城への行幸(ぎょうこう)に備え、京都からの街道側に立派な極楽橋を架けたのではないか。

     ◇

 1945年、山形県生まれ。関西大修士課程修了。同大学博物館長、なにわ大阪文化遺産学研究センター長などを歴任。専門は東洋漆芸史。

■すべて手作業、1年2カ月

 二つの緞帳は、今年創業170周年を迎えた「川島織物セルコン」の京都市左京区にある工場で織り上げられた。全工程は1年2カ月。全て職人たちの手作業だ。

 5層の天守閣の大坂城に光り輝く極楽橋、大川を行き交う船――。パナソニック寄贈で「豊臣期大坂図屏風」を元にした緞帳には、502人の細やかな所作や着物などが描かれ、豊臣時代の庶民の活気があふれ出てくるようだ。

 製作が始まる直前の2011年9月、図案と下絵を担当した同社美術工芸製造グループの堀田美幸さん(50)は、原図が残るオーストリアのエッゲンベルク城を訪れた。糸で織ったサンプルなどを持ち込み、色調を確かめるためだった。こだわり抜き、最終的に約600色を使った。

 男女で眉の太さをわずかに変えたり小紋柄を出したりするなど、細やかな配慮も忘れなかった。「根気のいる作業だったが、これほど思い出深い仕事はなかった。豊臣期の大坂のにぎわいを感じてもらえるのでは」と話す。

 アサヒビール寄贈で長谷川等伯の「柳橋水車図屏風」を元にした緞帳は、対極をゆく幽玄な風致が特徴だ。「豊臣期……」が「動」ならば、こちらは「静」。柳の葉の向こうに透けて見える黄金の橋から、川の流れまでが繊細に表現されている。

 同社は、2日開場の東京・銀座の新たな歌舞伎座にも、三つの緞帳を納めた。「達成感、誇らしさ、そして何よりほっとした気持ちでいっぱい」と堀田さん。

 奇跡的に海外で見つかった「豊臣期大坂図屏風」と、等伯の傑作である「柳橋水車図屏風」。どちらを使うかは、公演主催者が決めるという。

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