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家や田んぼ奪われた「屈辱」消えぬ 沖縄・米軍土地接収

写真:「本土の人には、屈辱を忘れられない人間が沖縄にいることを知ってほしい」。奪われた土地付近を指さす沢岻安一さん=沖縄県北谷町拡大「本土の人には、屈辱を忘れられない人間が沖縄にいることを知ってほしい」。奪われた土地付近を指さす沢岻安一さん=沖縄県北谷町

写真:土地接収直後の伊佐浜集落。民家はブルドーザーに押しつぶされた=1955年7月19日、沖縄県宜野湾市教育委員会提供拡大土地接収直後の伊佐浜集落。民家はブルドーザーに押しつぶされた=1955年7月19日、沖縄県宜野湾市教育委員会提供

写真:土地接収後の伊佐浜集落。米軍のブルドーザーが田んぼだった土地をならしている=1955年7月、沖縄県宜野湾市教育委員会提供拡大土地接収後の伊佐浜集落。米軍のブルドーザーが田んぼだった土地をならしている=1955年7月、沖縄県宜野湾市教育委員会提供

写真:土地接収直後の伊佐浜集落。道路左側には有刺鉄線が張られ、米兵が歩いている=1955年7月19日、沖縄県宜野湾市教育委員会提供拡大土地接収直後の伊佐浜集落。道路左側には有刺鉄線が張られ、米兵が歩いている=1955年7月19日、沖縄県宜野湾市教育委員会提供

写真:土地接収の現場を見ていた池宮城紀夫弁護士=那覇市拡大土地接収の現場を見ていた池宮城紀夫弁護士=那覇市

本土と沖縄の米軍基地面積の割合:本土と沖縄の米軍基地面積の割合拡大本土と沖縄の米軍基地面積の割合

 【奥村智司、斎藤徹】全国の米軍基地の74%が集中する沖縄。その源流には、米軍による1950年代の土地接収がある。沖縄にとって「屈辱の日」、52年4月28日に日本から切り離され、米軍統治下に取り残された時代。「銃剣とブルドーザー」で、家や田んぼは強制的に基地用地にされた。多くは、いまも戻っていない。

 重く低い音がかすかに聞こえた。1955年7月19日午前4時ごろ。夜明けまで、まだ1時間半以上あった。

 「来た!」

 前日から寝ずの番をしていた住民の声で、32歳だった沢岻安一(たくしあんいち)さん(90)は、家から飛び出した。目に飛び込んできたのは、米軍のブルドーザーなどを載せた無数のトラック。住民に気づかれないためか、消していた前照灯を初めて一斉に光らせた。ヘルメットをかぶった黒い影が、幅30メートルの道いっぱいに浮かんだ。

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