メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

トピックス
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

ポンコツ車は減り、携帯電話は溢れていた @ナイロビ

写真:ナイロビの渋滞拡大ナイロビの渋滞

 これからアフリカで何をしようとしているのか。ひと言でいうなら、新聞からはみだそうということかもしれない。

 あれこれ考えず、とにかく行ってみる。そこに暮らす人の話を中心に、見えたもの、感じたことを書く。そこから日本を見るという姿勢を忘れないようにする。道行きのドタバタも書こう。

 新聞がしてきた「大事なことを、まとめて、わかりやすく、速く伝える」というところから、それははみ出すだろう。

 ざっと言うと、このページをそんなところにしたい。面白いものになるのかどうか、正直自信はない。行き先は、紛争地やかつての紛争地、紛争の芽を抱える場所をできるだけ選びたい。2000年から2年半を過ごしたケニアのナイロビに最初の拠点を設けて、そこから出かけていくことにした。

 そこで、最初の訪問地のソマリアへ出かける前に、10年ぶりに見るナイロビについて少しだけ。02年ごろから始まったアフリカのめざましい経済発展を映し出すように、新しい住宅やショッピングセンター、ホテルが次々とできていた。あちらこちらに穴が開いていた幹線道路がきれいになり、走っている車もきれいになった。

 相変わらず日本車が圧倒的に多いけれど、「○○工業」「△△幼稚園」「××建設」といった文字もそのままに走る中古車は減り、四輪駆動車が増えた。以前は毎日、道路の真ん中で立ち往生する車や横転したトラックを見かけた。道路の悪さと、ポンコツ車の多さが、恒常的な渋滞を生んでいた。

 そんな光景はみかけないものの、渋滞は今の方がよほどひどい。それは、たぶん車の多さによっている。ケニア統計局によると、登録車両の数は01年の61万台が09年には122万台へ倍増した。信号がいくつかできたものの、従う運転者は少なく、渋滞に拍車をかけている。

 驚くべきは電話の発達だ。ケニア通信委員会によると、携帯電話の契約数は01年の58万から08年には1199万にまで増えた。かつて、アフリカの車と電話事情について記事に書いた状況が、遠い昔のことになっている。

     ◇

■10年以上前に書いた記事から

 ナイロビ支局時代に、次のような記事を書きました。(1)は2000年、ケニアの隣国ウガンダの話ですが、車の事情はケニアも同じでした。(2)は01年です。

(1)和製信号の奮闘(特派員メモ・カンパラ)

 アフリカの道路には、阪神の野村監督がいる。ピークをとうに過ぎた選手、ではなく日本の中古車が、実にいきいきと再生されている。まだ走れるのに日本ではお払い箱になった、ということだけかもしれないが。

 車体に描かれた日本の文字や商標をそのままに走る車のことは、しばしば書かれている。それにしても、ウガンダの道にはつい笑ってしまうほど、日本の文字を載せた車が多い。

 温泉の名の入ったマイクロバスを見かけたときは、いい気分になった。かの湯煙の地に湯治客を運んだ君が、すし詰めの人を乗せてアフリカの風を切っていく。

 そのウガンダに三月、日本を思い出させる場所ができた。カンパラに日本の肝いりで三つの信号機が設置されたのだ。

 たかが信号と言うなかれ。ここではほとんど信号に出くわさない。歩行者の生存権などなきがごときこの地に、見慣れた緑の歩行者信号が点滅しているのは、感激的な光景なのだ。

 いつもは車の間を縫うように渡る人々が、青信号で悠然と歩く。車の運転手は「さっさと渡れ」と叫ぶ。

 温泉マイクロバスのように根を張るかどうかは、しばらくしないとわからない。でも、暴力的な運転手の心に、少しでも黄信号をともすことができれば、日本の援助も大したものだ。

(2)お前こそ、だれだ(特派員メモ・ナイロビ)

 情けないが、心が狭い。ケニアの電話事情がそれを助長する。午前中は特に、何度かけてもつながらないことがしばしばだ。インターネットに接続しようとして、お茶を頼んで飲み終えたころにやっと、ということもある。イライラが募る。

 間違い電話もやたら多い。電話の向こうからスワヒリ語が聞こえてくるので、英語で話すと、言うに事欠いて「だれだ?」と来る。そっちからかけてきて「だれだ?」はないだろう。そういう人には「お前こそだれだ」と、どなることにしている。精神衛生上、とてもよろしくない。

 事務所にいると、助手たちへの電話がこれまた多い。まだ家に電話のある人が多くないので、昼間に連絡のつく働き先の番号を知人に教えるのが一般的なのだ。ひとり事務所にいて、電話をとると、たいていが助手あてだ。留守だというと、番号を告げて、かけるように伝えてくれと言ってくる。たまにならこっちもおつきあいするけど、5本、6本と来た日には、狭い心が爆発寸前になってしまう。おれは彼の秘書じゃない。

 「ここは新聞社の事務所です。当新聞社にかかわることで、彼をお捜しですか」。しゃくし定規な言いように反省はするのだけど、ああ、また電話だ。

江木慎吾

プロフィール江木 慎吾(えぎ・しんご)

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。

PR情報
検索フォーム

注目コンテンツ

  • ショッピング普通のボールじゃありません

    外で転がしてアイスができる

  • ブック・アサヒ・コム山口果林と安部公房の20年

    隠し通した交際とがん闘病

  • 【&M】ピットウォークで美の競演

    スーパーGT第4戦

  • 【&w】akkoが語る

    オーガニックに魅せられて

  • Astand「妻よ恋しい」から嬬恋村

    時をこえて伝わる妻への愛

  • 朝日転職情報

  • 就活朝日2014