マハムード・ガイウエロさん(60)が歌の封印を解いたのは、つい2週間前のことだ。若者のつどいで彼が歌った自作の曲は氏族主義を非難する中身だった。様々な氏族の対立が内戦を呼び、ソマリアに深い傷を残したという思いからだ。
歌は世につれ、というのだろうか。ガイウエロさんの歌は、その時々の国の形を映し出してきた。農業のかたわら、歌手を始めたのは35年前だった。社会主義を掲げるバーレ政権下で、農業や労働をたたえる歌をメーデーの集会などに歌っていた。
社会主義政権が倒れ、内戦が国を引き裂いた。仲間だった者同士の「理由なき殺しあい」を嘆き、アラーの神に救いを求める歌をつくった。でも、世に出すことはなかった。
歌手活動を離れ、ソマリア南部のメルカで学校の音楽教師をしていた2年前、イスラム武装勢力のシャバブがやってきた。ガイウエロさんは、ほかの音楽関係者とともに集められた。
音楽は邪悪だ、アラーは許さない、と言い放ったシャバブの幹部は、地面に大きな穴を掘るように命じた。そこにオルガン、ベース、ギター、トランペットなど、楽器を自ら埋めさせられた。
失意のうちに、ガイウエロさんは田舎の農場に引きこもる。でも、こんなことが永遠に続くはずはない。いつか歌が歌える日がくると思い、曲は作り続けた。「ソマリア人はみな兄弟」といった歌だった。
社会、国、人の心のありようを歌う曲を多くつくりながら、ガイウエロさんを有名にしたのはむしろ失恋の歌だった。ソマリアによくある女性の名をタイトルにした「ファドゥマ」は結ばれることのない女性への思いを歌う。もうずいぶん前の歌だが、多くの人が今も口ずさむ。
ギターのような楽器を奏でながら歌ってくれた。恋のせつなさを切々と歌いあげ、ああ、その哀調たるや心に深くしみわたり、と書ければいいのだけど、正直、ゆったりと、こぶしをきかせた歌声に自分の何かが共鳴することはなかった。機械に採点されるカラオケの点数に一喜一憂するうち、感性が鈍ってしまったらしい。
でも、モガディシオのホテルの庭の片隅にいつの間にか集まった人たちは口ずさんでいた。曲にあわせて口ずさむことができるって、当たり前の日常のようだけど、それすら奪われた時があったのだ。我が身を振り返れば、当たり前の日常がずっとあったのに、思わず口ずさむという感覚なんて、長く忘れていた気がする。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。