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09月23日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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シチュー鍋の熱気とむきだしの敵意 @カプリ

写真:木陰の黒板=9日、カプリ小学校、江木慎吾撮影拡大木陰の黒板=9日、カプリ小学校、江木慎吾撮影

写真:テントの下も教室=9日、カプリ小学校、江木慎吾撮影拡大テントの下も教室=9日、カプリ小学校、江木慎吾撮影

写真:将来の夢は?=9日、カプリ小学校、江木慎吾撮影拡大将来の夢は?=9日、カプリ小学校、江木慎吾撮影

写真:魚の干物を三つ編みのようにして売っていた=9日、ジュバ郊外、江木慎吾撮影拡大魚の干物を三つ編みのようにして売っていた=9日、ジュバ郊外、江木慎吾撮影

写真:マーケットの向こうに、海のような平原が続いていた=9日、ジュバ郊外、江木慎吾撮影拡大マーケットの向こうに、海のような平原が続いていた=9日、ジュバ郊外、江木慎吾撮影

写真:リーダーのリチャードさん=9日、カプリ、江木慎吾撮影拡大リーダーのリチャードさん=9日、カプリ、江木慎吾撮影

 内戦を引きずるソマリアと違い、南スーダンは独立して1年を経ている。

 首都のジュバは建築ラッシュだ。平屋、2階建ての小さな店が街道沿いに白や黄土色のまぶしい壁を並べている。市の指導によって、トタンづくりの店が、次々と土壁の店に生まれ変わっているのだという。建築の骨組み用の木材が南部から首都に運び込まれて売られている。

 多くの外国人、企業が新しく生まれた国に機会を求めて流入している。ホテル業のエリトリア、エチオピア、ガソリンスタンドのソマリア、商業のケニア、ウガンダといった隣国はもとより、建築にはレバノンや中国が進出し、道路の整備に東南アジアの人たちが働いている。

 街行けば、車体のエンブレム鮮やかに、旗をはためかせて国際援助団体の車が行き交う。紛争の火種が消えたわけではない。だが、いまはみんなが何ができるかわからないシチューの中にいろんな具材を入れて、その熱が周りに伝わってくる感じだ。

 ジュバの中心から南へ30キロほどのカプリというところに、日本の援助でつくった教員養成校ができている。建物はあるのだが、ここは国内避難民のキャンプになっている。スーダン、つまり北のハルツームにいた南の出身者が、戦争が終わって南に戻ったものの、もう身を寄せる故郷も親類もいない。そんな人たちがテントで暮らしている。

 1600人あまりいる住人は三つの氏族に分かれ、それぞれに長がいる。このキャンプのことは3人の長と8人からなる委員会が相談して決めるのだという。その長の1人、リチャードさん(55)はハルツームでワクチン接種の仕事を10年以上してきた。それ以前は軍人だった。

 北と南が戦争をしている間は、帰りたくても帰れず、北でのいろんな嫌がらせに耐えてきたとリチャードさんは話した。今年の5月に8人の子どもを連れてハルツームから南へ戻った。言葉の問題があって、その心情まで聞くことはできなかったけれど、「今はとても幸せ」と繰り返した。

 このキャンプは仮の住まいで、ここにいる人たちはジュバから30キロ離れたコダというところに移動することになる。そこには一時的なシェルターが設けられるほか、自分たちで家を建てたい家族には、土地が与えられるのだという。「みんな早く移りたいと思っている。向こうに行ったら、仕事を探す」とリチャードさんは言う。

 キャンプの端に立って眺めると、どこまでもどこまでも平らな、緑と茶色の土地が続いている。

 この難民キャンプからほど近いところを車で走っていると、道沿いの木陰に子どもたちが集まっていたので寄ってみた。そこは、地域の小学校だった。

 ジュバ市内では立派な校舎と校庭、スクールバスまである学校を見かけたが、このカプリ小学校は校庭を囲む壁すらない。小さな子どものおしりを木の枝でたたいていたデビッド・オチェン校長は「とても苦しんでいます。校舎がないのです」と話した。

 ここは地域の人たちが支え合って作った学校だという。教会を教室に使っている。教会といっても土壁にトタン屋根の、日本の小学校の体育館よりずっと小さな建物だ。木の枠組みに布をかぶせたテントのような場所も教室、木陰も教室。五つのクラスがあるけれど、雨が降るとみんなが教会に避難し、授業にならない。

 使っている古い教科書は英語で書かれていた。独立後の共通語は英語だが、広く使われるのはアラビア語。だから、英語から訳して教えているという。

 子どもの人気の職業は医者だとオチェン校長は言っていたが、実際に聞くとパイロット、教会のシスター、行政官などの答えが返ってきた。もちろん、その中に医者もあった。

 学校を訪れたのは午前中だった。午後、再びそこにさしかかると、子どもたちの姿はすでになかった。ひと目には教会とわからない古ぼけた建物と、テントの破れた布が風に揺れている。そこに、学校という面影は残っていなかった。

 ジュバの郊外にあるマーケットに立ち寄った。正面にある岩山に向かって、でこぼこ道が延びていて、道の右には機械類、左には食べ物が売られていた。魚の干物を三つ編みみたいにして売っていた。長い時間煮て食べるのだという。ピーナツをすって溶かしたものを小さな透明な袋に詰めてきれいに並べてある。オクラを干したもの、牛の内臓類も売られていた。

 写真を撮っていると、現地の長身の男たちの一行が近づいてきた。ケニア人の連れに「お前はどこの者だ」と聞いてくる。「ジュバだ」と連れが答えると「もともとはどこの出身だと聞いているんだ」と詰め寄る。「ケニアだ」と答えさせたいらしい。その連れが胸につけていた南スーダン独立のバッジに「これは南スーダンの誇りだ。なんでお前がつけている」とくる。

 よそ者に対する嫌悪がむきだしになる時が、ここにはある。たくさんの人たちが流れ込む中で、自分たちの国だ、外国人に自由に荒らされてたまるかという、よく言えば新しい国の気概がそこには感じられる。

江木慎吾

プロフィール江木 慎吾(えぎ・しんご)

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。

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