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ミスコン会場の混沌と活気 @ジュバ

写真:終了予定時刻を過ぎて、やっと始まった=11日、ジュバ、江木慎吾撮影拡大終了予定時刻を過ぎて、やっと始まった=11日、ジュバ、江木慎吾撮影

 土曜日だし、大きな宣伝の看板も出しているし、一つやわらかいものでも眺めてみますか。とまあ、その程度の関心で10日にジュバで開かれた「ミス・マライカ」コンテストを見てみようと思った。

 言い訳めいて聞こえるかもしれないけれど、あまりミスコンのたぐいに興味はなく、これまで取材したこともない。南スーダン各地から集まる美女を選ぶということも、新しい国の連帯感をかもし出すものなのかもしれないと、一応は考えた。

 もう一つ、マライカといえば、かの有名なケニアの歌が浮かび、その響きにつられたということもある。このコンテストはアフリカ各地で開かれていて、国によっては結果がいろいろと論議を呼んでいるようだ。

 新しく進出したレバノン系の携帯電話会社が今回のスポンサーをしている。午前中に取材許可を得るために会場を訪れた時から、少し嫌な予感はしていた。会場設営がまだ半ばという雰囲気だったからだ。

 許可をもらって、開始時刻の午後7時前に到着したが、客はほとんどいない。設営もまだ続いている。係とおぼしき1人が電話で「7時になんて、とても始められませんよ」と言っている。

 実際に始まったのはそれから2時間以上たち、終了予定時刻の午後9時を過ぎてからだった。

 会場といっても、少し傾斜のある原っぱにステージを設けて、その周りにプラスチックのテーブルと椅子を雑然と並べただけ。観客は勝手に椅子とテーブルを移動している。一般席50ポンド(千円ぐらい)、特等席100ポンドだけれど、これではどこに境目があるのかわからない。

 これは予選会で、本選は12月にある。ということもあってか、500人ほど入れそうな会場は4分の入りといったところか。会場の周りには銃をもった軍服姿が何人もいて、チケットの有無をチェックしている。

 ステージから突き出た一本道にはライトが照らされ、おびただしい数の虫が集まっている。

 さあ、始まりと思ったら、まずは伝統芸能の前座だ。司会進行が申し訳ないけど拙劣で、2時間以上遅れて始まってもわびの一つあるでもなし。会場は何だか冷ややかなムードだったが、いつの間にかステージに上がって踊り出す酔っぱらいもいて、くすりと笑えるものはある。

 いよいよ、美女20人が登場というところで会場は盛り上がる。でもTシャツにジーンズ姿で現れた女性たちはあっという間に引っ込んでしまい、またラッパーや歌手の出演が続く。

 おいおい、2時間も遅れているんだ、早くしてくれよ、と思っているのは1人だけのようで、会場はそれなりに楽しんでいるようす。観客に若い男女が多いのは、関係者ということだろうか。特等席には白人の姿がみられる。

 コンテスト出場者が一人一人、赤いドレスでステージを歩き「18歳です。学生です。きょうは楽しんでくださいね」と自己紹介する場面になると、会場は一気に沸騰した。特に出身州を告げると、会場の別々の場所から悲鳴のような叫びが上がる。

 そのころ、会場の車の出入り口では混乱が続いていた。チケットをもっていないのに入ろうとする人たちが押し寄せている。そんな車を警備員が止め、後退させようとして別の車にぶつかり、それが道をふさいで交通渋滞を招いている。

 入り口の外に立っていると若い男が寄ってきて「一緒の車に乗せて会場に入れてくれないか」と頼んでくる。「チケットは高くて買えない。すごく見たいんだ」。ごめん、たとえこの入り口を突破できても、怖い兵隊さんがたくさんいてたぶん会場にはたどり着けないよ。そう言って断った。

 何だかわからないうちにミスコンの夜は更けていった。

     ◇

■10年以上前に書いた記事から

(1)ミスコンを取材したことはありませんが、11年前、南スーダンの隣国ウガンダでミスコンの話題を書いたことがあったのを思い出しました。これがその記事です。ただ、南スーダンの人たちにはそんな迫力をあまり感じません。

 

 しりの迫力ゆえ(特派員メモ・カンパラ)

 

 いきなりで何だけれど、おしりの話である。

 アフリカに来て約1年。「アフリカ」と安易に一くくりにすることが、いかにことをゆがめるかを、痛感してはいる。しかし、あえて言いたい。

 アフリカの人のおしりには、人を感動させる力がある。

 言い訳しても無駄だろうが、変な意味ではない。アフリカの人の、服の上から見てもぷっくりしたおしりには、大地と人間の関係の濃さを主張しているやつが多いと思うのだ。男も、女も。大地と人間の関係を語るには、おしりをもってするしかないようにも思う。

 そのおしりを前にすると、なぜか心の中で「いのち!」と叫ぶか、「ごめんなさい」と謝りたくなる。どっちの気分になるかは、自分の精神状態による。

 気分のいいときには「いのち!」となる。

 「ぷっくり」の魅力にも落とし穴があると、この町で知った。南アのテレビ局などが主催し「アフリカの顔」コンテストの予選が開かれた。要は美女コンテスト。通過者はなかった。理由の一つが「おしりが大きすぎる」なのだそうだ。大統領選の記事一色だった新聞が、ウガンダ美女のおしりを嘆いた。

 それにしても「アフリカの顔」を選ぶのに、おしりが重要な要素とは、おしりは顔ほどに語るということなのだ、やはり。

(2)「マライカ」については、次の記事を2001年2月に書きました。「ミス・マライカ」と直接は関係はないようですが。

 

 マライカを悼む(特派員メモ・ナイロビ)

 

 門外漢が当たり前のことを言って恐縮だが、音楽には衝撃的にであう曲と、いつの間にか身に染みている曲があると思う。

 この曲「マライカ」が歌う初恋のようなものかもしれない。

 マライカを聴けば、多くの人が「あー、この曲ね」と思い当たるはずだ。実を言えば、最近まで曲名を知らなかった。どこで初めて聴いたのかも定かではない。しかし、ずっと前から知っていた気はする。

 スワヒリ語で「天使」を意味し、結納金を払えず初恋を失うという歌だ。でも、曲からは胸をかきむしられる思いより、そこはかとない切なさが伝わってくる。大地にすっくと立つ天使の後ろ姿が見える気もする。

 アフリカを紹介するテレビ番組などでBGMに使われることが多く、緑の中をゾウやキリンがゆったり歩くような、アフリカの風景と一体化した印象を持っているせいかもしれない。

 ファジリ・ウイリアムズというケニアの歌手が1959年に作り、歌った。しかし、良く知られるようになったのは、60年代に入って、南アフリカのミリアム・マケバや、ハリー・ベラフォンテが歌ってからだ。最初に歌ったファジリは、ケニアでは伝説だが、その曲ほどには世界に名を広めなかった。

 彼は11日、ナイロビの病院で死去した。62歳。一つの時代の終えん、とケニアはその死を悼んだ。

江木慎吾

プロフィール江木 慎吾(えぎ・しんご)

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。

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