ジュバの街にあふれるオートバイタクシーに興味はあった。ボダボダと呼ぶらしい。一説によると、境界から境界まで走るので「BORDER BORDER」、ボダボダとなったという。
勝手気ままに走り回るので、危険きわまりない。一時はジュバ市が禁止に踏み切ったというが、「生活ができない」と多くの運転手が立ち上がり、復活したという。一定の路線しか走らない乗り合いタクシーは1ポンドで乗れるが、どこまでも送ってくれるボダボダは10ポンドする。
雇っていた車の運転手からは色々よくないうわさを聞かされていた、変な道に連れて行かれて法外な値段を要求されたとか、通行中のボダボダの乗客の荷物をかっさらう連中がいるとか。でもまあ、競合業種なので少し割り引いて聞いた方がいいのかもしれない。
いずれにせよ、ヘルメットもかぶらず、車の間を走り抜けるのだから、あまり感心しない。
でも、その車の運転手が一時行方不明になってしまったこともあり、ボダボダに乗る機会が訪れた。実はミスコンの取材に行ったのはいいけれど、記者にあるまじき忘れ物をしてホテルに取りに戻らなければならなかったというのが本当の話だ。
あまり乗りたくないなと思う半面、正直に言うと乗って原稿の一本も書ければいいかとも考えた。そして書いている。
もうすっかり暗くなっていたので、乗って走ると風が涼しい。それはいいのだけれど、砂やら虫やらが目に入ってほとんどあけていられない。老眼鏡をかければよかった。運転手の青年はよくこれで運転できるものだ。
たぶん125ccぐらいで、せいぜい50キロしか出ていない。それでも速く感じるのは車がもっと遅く走っているのと、本当に隙あらばと、その合間を縫って走るからだ。
何か運転手に話を聞こうと話しかけて後悔した。ものすごくしゃべり好きな青年で、走りながらこちらに頭を傾けてくる。よそ見せずに集中して走ってくれよと思う。一度、対向車の車と正面衝突しそうになって、すんでのところで止まった。
「まだこのバイクは慣れていないんだ。南スーダンのバイクだけどね。日本のバイクならいいんだけど」という彼は、マリス・アブドラさん(32)。父はスーダンの内戦中に亡くなり、中学1年までしか学校にいけなかった。母親はウガンダ人だという。
自分が教育を受けられなかった分、2人の子どもにはちゃんと教育を受けてほしい。4年間運転手をしてきたけど、今年契約が切れる。安定した仕事を探したいのだけど、どんな仕事もするつもりだ。食べていけないから。盗みはいけないし。と、走りながらしゃべる。
でも、僕自身、また学校に通って勉強したいんだ。無理だけどね。エンジニアの勉強がしたい。好きなんだ、本当に。
バイクにしがみついて風に吹かれながら彼が話すのを聞いて、何だかぐっと来てしまった。がらにもなく「グッドラック」と言って別れた。私の言葉など、何の効果もないだろうけれど。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。