南スーダン編で、校舎もなく、木陰で学んでいる子どもたちについて書いた。拉致されるのが怖くて、学校に行けない子どもたちについても書いた。
ジュバの町中を移動しているとき、なじみのある名前の建物の前を何度も通った。「トットちゃん子どもトラウマセンター」と書いてある。女優の黒柳徹子さんは1993年に当時のスーダン南部を訪れている。そのときに集まった寄付などをもとに、96年に開設された施設だ。
「子どもトラウマセンター」と名付けられているように、もとは戦争で心に傷を負った子どもたちのカウンセリングなどが中心だった。その戦争が終わり、独立したいま、別の仕事が中心になっていた。
このシリーズで書いたように、子どもの拉致がまだ南スーダンで後を絶たない。拉致されそうになって逃げて、親と離ればなれになった子どもを親元に帰す仕事や、ほかの理由で親とはぐれた子どもを故郷に戻す仕事が今は中心になっているという。
センターには宿泊できる施設がある。この時はだれもいなかったが、つい前日まで、部族同士の対立で親が殺された15歳の少年がいたと施設の関係者は話した。
新しい国づくりは、子どもたちの暮らしにまで手が十分に届いていない。様々なところでそう感じた。
印象に残った場所がある。クジューリというジュバ市内を見下ろす岩山まで行った時のことだ。道路沿いに石を山のように積んで売っている。大人が両手でやっと持てる大きさの石から、細かく砕いた石もある。
大人の男たちが山から石を切り出してきて、女性や子どもがひがな、それを砕いて小さくしている。建築用に売っているのだ。平日の昼にはまだ早い時間だったけれど、かなりの数の子どもが、女性に交じって石を砕いていた。
気になって、翌日も行ってみた。車から降りると、「買って、買って」とたくさんの人が寄ってくる。指の爪ほどに砕いたひと山が150ポンドだから、4千円ほど。砕くだけで何日もかかるに違いない。
30代らしき女性が木を4本、地面に突き立てて、上に布をかぶせ、わずかな日陰の中に座っていた。一日8時間、金づちやノミのような金属の棒で、ひたすら石を砕き続けるのだという。
小学校低学年とおぼしき女の子が手伝っていた。その脇で、3歳ほどの女の子が、見よう見まねで石をたたいていた。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。