死んだ街が生き返った。そんな感慨を、ブルンジのブジュンブラに入ってもった。12年前から10年前にかけてここをたびたび訪れたころ、街のごく周辺で戦闘が繰り返されていた。昼間の街は重苦しい空気に包まれ、動きが止まっているように見えた。
それが、車と人があふれる街に変わっていた。日本の援助もあって、道路も随分ときれいになった。
ブルンジは隣国ルワンダと同様に、多数派フツと少数派ツチが対立、1993年から内戦に突入した。2000年ごろには和平に向けた様々な動きがみられた。でも、ブジュンブラの西に20キロほど行くともうコンゴ国境で、反政府武装勢力がコンゴ側の山岳地帯を根城にブジュンブラ周辺に攻撃をしかけていた。
一度、ナイロビからブジュンブラに向かう飛行機に乗ったとき、「空港周辺で戦闘が起きていて、降りられるかどうかわからない」という機内アナウンスに緊張した覚えがある。
その空港は昔の姿のままだったが、荒れ地だった周辺には大きな住宅が次々とできていた。タンガニーカ湖畔にはリゾート型のホテルもちらほらある。
昔、何度も一緒に仕事をしたブルンジ人の仲間とともに、当時は近づくことのできなかったコンゴ国境まで行ってみた。ブジュンブラ市内から車で20分ほど一本道を走ると、もうそこが国境地帯だった。
道の片側に小さな店が並び、トマトや青々としたバナナを売っている。大きな串に刺した肉、タンガニーカ湖でとれた魚の焼かれる香ばしい煙が漂う。オートバイタクシーの運転手が客待ちをする合間を、クワを持った人たちや、自転車の荷台に食料を積んだ人たちが行き交う。
ブルンジ側に武装した警官がいて道に縄を渡してあるが、それをくぐって先に行くと、小さな入国管理事務所がある。10人ほどが並んでいる。
毎日、国境を行き来する住民には無料のビザが出るのだという。一緒にいた仲間の知り合いが国境の警備にあたっていて「ついてきな」とばかりに合図する。
国境には長さ20メートルほどの小さな鉄の橋がかかっている。橋桁がとれているところがある。何もしないままそこを渡り、コンゴ側の国境警備員にあいさつ。コンゴの入国管理事務所の前を通って少し行ったところで引き返した。
以前は武装勢力が国境越しに首都に攻撃をしかけ、今は住人が農作業に通い、買い出しに通う。奥に見えるコンゴの山あいでは、様々なコンゴの武装勢力がなお反政府活動を繰り返している。
目下、コンゴのビザはブジュンブラで申請している途中だが、なかなかうまくいかない。それなのに、パスポートも見せることなくひょいと国境を越えてしまった。国境にかかる橋の下を流れる、ほんの細い川で水浴びする人を眺めながら、体から力の抜ける感じがした。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。