23日夜、コンゴ(旧ザイール)東部の中心都市ゴマに入った杉山正ナイロビ支局長が電話をくれた。ルワンダとの国境もコンゴの反政府武装勢力M23が抑えていて、入国するのにビザは必要ない可能性があるとのことだった。忙しい中、貴重な情報を連絡してくれてありがたい。
何があるかわからないのでとりあえずルワンダに移動し、ビザ申請も視野に入れつつコンゴ国境を目指すことにした。早朝にブジュンブラを車で出れば、夜にはルワンダ・コンゴの国境に着くことができる。
そう考えたが、甘かった。毎週、土曜日の朝、ブルンジは普通の活動を停止する。掃除など社会奉仕の日になっていて、午前10時半まで幹線道路は封鎖される。ピエール・ヌクルンジザ大統領が選出されてから、そういうことになったそうだ。実は冷ややかな市民も少なくないようだが、大統領も各地に赴いて掃除に参加するという。
朝8時過ぎにブジュンブラのホテルの外に出てみると、確かに車の行き来は少ない。あたりにはジョギングする人が多くいて、掃除している人は見あたらない。交通警察官が交差点に所在なげに立っている。
奉仕作業を取材したかったのだけれど、コンゴのビザ申請に必要な招請状を書いてくれるという人物が訪ねてくることになっていたので、ホテルで待機する。結局、この人物は現れず、招請状なしでルワンダへ行くことになった。
ルワンダはブルンジの北に位置する。標高約800メートルのブジュンブラを出発し、一気に2200メートル近くまで上る。ずっと日光のいろは坂のようなつづら折りが続く。感心するのは、この坂の多い国に、実に自転車に乗った人が多いことだ。
上りはトラックの後ろにしがみつく「ずる」が目立つけれど、それにしても炭など大きな荷物を載せて走らせる。へいたんな南スーダンではあまりみかけなかったのに。
山の頂上までへばりつくように畑が広がり、人の手のついていない土地は残されていないと思えるほどだ。日本でいえば平家の落人伝説がありそうな斜面の集落が続く。ここまで開墾されているから、どこへ行っても川は茶色く濁り、その土砂がタンガニーカなどの水質に影響しているともいえる。
2時間ほど走って、国境に着く。カニャル川にかかる国境の橋をはさんで、カニャルホの小さな町が谷底にある。前に訪れたブルンジとコンゴの国境に比べると静かなたたずまいだ。沿道の露店もない。
ブルンジ側の検問の脇の木で、ウィーバー鳥というのだろうか、東アフリカでよく見かける黄色い鳥が巣作りに励んでいる。まだ青い葉でできた鞠(まり)のような巣がぽとん、ぽとんと地面に落ちてくる。手持ちぶさたな国境警備員がその巣を木の鳥に向かって投げている。
ルワンダに入った。しばらくは、路面の舗装が変わったと感じるぐらいだったが、小一時間ほど走るとそれまでの山と谷というより丘になる。「千の丘の国」と言われるだけあって標高1500メートルぐらいの丘が延々と続く。
首都キガリには午後5時過ぎに着いた。聞いていたのと、ナイロビなどで経験したのでそれほど驚かなかったが、キガリの発展ぶりはナイロビをしのぐ。もちろん、ナイロビの方が大都市だけれど、10年前と比べた差という意味で。
ちゃんと機能する信号があって、全員ではないけれどそれに従う人が多い。街灯のある道路がずっと続いている。キガリ自体がいくつもの丘からできていて、以前は別の町が点在するような感じだったのが、町並みがずっとつながっている。
ホテルに落ち着き、ここで今回、アフリカに来て初めての経験をした。風呂に湯を張って入ることができた。一番熱くしてもぬるま湯ではあったけど、全身湯につかってなぜだか申し訳ない気分になった。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。