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「ツチの自由のために」 出口見えぬ戦闘と葛藤 @ゴマ

写真:パトリック・ムゼイさん=11月28日、ゴマ、いずれも江木慎吾撮影拡大パトリック・ムゼイさん=11月28日、ゴマ、いずれも江木慎吾撮影

写真:「戦いたくはないけど、戦わなければならない」拡大「戦いたくはないけど、戦わなければならない」

写真:「いまちょっと取材を受けているところなんだ」拡大「いまちょっと取材を受けているところなんだ」

写真:「それはね」拡大「それはね」

写真:「娘たちのことを思うと、気持ちが弱くなる」拡大「娘たちのことを思うと、気持ちが弱くなる」

写真:「コンゴ人の問題は、コンゴ人が解決しなければ」拡大「コンゴ人の問題は、コンゴ人が解決しなければ」

 コンゴ(旧ザイール)の反政府武装勢力「M23」のメンバーにインタビューした。現地で知り合ったナイロビ支局の杉山正支局長が、連絡先を教えてくれた。パトリック・ムゼイさん(39)にはM23が撤退を始めると伝えられた11月28日にゴマで取材し、彼は英語の質問に英語で答えてくれた。

     ◇

 「正直に言いましょう。私が最初に加わったのはルワンダ軍、1993年のことです」

 ムゼイさんは、コンゴ東部、北キブ地方のルチュルで生まれたツチだ。ツチの人たちはルワンダ、ブルンジ、コンゴなどにまたがって暮らしている。ゴマの大学でマネジメントを学び、鉱石コルタンや金を商う地元の会社に入ってドイツとの商談にあたった。2年間勤めたとき、どうしても戦わなくてはならないと感じた。

 「コンゴのツチは、コンゴの中では認められず、ルワンダでも認められない中途半端な立場なのです。ツチによってルワンダの反政府武装勢力RPF(ルワンダ愛国戦線、後のルワンダ軍)が結成されたとき、参加しました。父親はルワンダで教師をしていましたが、私が戦いに行くと言うと、バス代を出してくれました。今もルワンダに住み、M23に加わったことも理解してくれ、私の妻と子どもを支えてくれます」

 「コンゴのツチのために、私はルワンダの軍に入った。コンゴのツチが自由になるには、ルワンダのツチを自由にしなければならないと考えていたのです。そのルワンダで94年にフツによるツチの大虐殺が起きました。我々がそれを収束させ、追われたフツの武装勢力が大量にコンゴに逃げました。追討するため、コンゴに入ったのです」

 事態が収まった時、ムゼイさんはルワンダに戻らなかった。複雑なコンゴ内戦の展開で、反政府武装勢力が政府軍に統合される。だが、そのたびにツチに対する待遇をめぐり、政府軍の中から反政府武装勢力が組織される。ムゼイさんは、反政府武装勢力―政府軍―反政府武装勢力―政府軍と渡り歩いた。そして今年4月、反政府武装勢力のM23に加わった。

 「私は常に、ツチの自由のために戦ってきました。それが、コンゴ人の自由のためにもなると信じています。政府軍、武装勢力と立場を変える時も、その軸が揺らいだことはありません」

 「戦い続けたくはないのです。でも、戦い続けなければならない。私は目の前の敵を撃ち殺したことはありません。ですが、戦闘ですから私が撃った弾に当たって死んだ人はいるかもしれません。毎日、神に祈りますが、それは自分のための祈り、自分に力をくださいという祈りです」

 最初は戦うことが怖かったが、次第にその感覚は変わったという。

 「あまりに多くの仲間の死に居合わせました。次は自分の番だと思います。少しも死ぬのは怖くありません。そこで怖くなって逃げる人間は、何のために戦っているか、わかっていないのです。人はいつか死ぬのです。車の事故で死ぬかもしれない」

 政府軍、反政府武装勢力と立場がしばしば逆になるため、友人や知り合いが敵になることもある。

 「でも、それがね、軍隊というものなのですよ」

 11歳と3歳の娘がいる。もう半年、会っていない。

 「実はさっき、妻とは半年ぶりに会いました。もう戦うのをやめて家族の元で暮らして、と言われました。私だってそうしたいと思うことはあります。でも、崇高なことのために戦わなければならないということを、妻も理解してくれないといけない。もし、状況がよくならず、いつの日か娘が戦うと言い出したら、私の父がそうしたように、私も娘の背中を押すでしょうね」

 M23から給料は支給されないという。食べ物も十分ではないことがある。

 「今回のサケ(ゴマ西方にある交通の要衝)をめぐる戦闘で、私は2日間、何も食べませんでした。それでも戦える精鋭がそろっています。もちろん、いつも気持ちが強いわけではありません。正直に言って、娘たちのことを思うと気持ちが弱くなることがあります」

 「戦って楽しいことなど何もない。何もありません。ただ、今回、ゴマに入った時には気持ちが高揚しました。みんなすごく歓迎してくれましたよ。私はまだ撤退命令を受けていません。でも、私たちが撤退して一番困るのはゴマの人たちではないですか。私たちがここに入って、盗みはなくなり、銃を使った犯罪もなくなった」

 つい最近、M23の大尉に昇進したが、階級には興味がないという。もし戦うことをやめたら、商売で身を立てるか、学校に入り直してマネジメントを学びたいという。

 「私のおばが、福島に住んでいます。コンゴで学校を終えて、ルワンダに働きに出て、そこから日本に服飾を学びに行きました。その縁で、ルワンダの虐殺が起きた後、日本に渡りました。今も年に2度ほど戻ってきます。日本で何をしているのかまでは知りません」

 「ルワンダは悲惨な虐殺を体験しましたが、今の発展ぶりをみましたか。それはルワンダ人の一人一人が、ルワンダのことを真剣に考えた結果だと思うのです。コンゴの問題はコンゴの人間が解決するしかありません。この混乱が続くのは、コンゴ人がコンゴのことを真剣に考えていないということなのです」

 M23が残虐行為を行い、少年兵を使い、天然資源を戦闘の資金に使っているという疑惑についても聞いた。いずれも、それは全くないという「公式回答」以外を引き出すことができなかった。ルワンダの支援を受けているという指摘については「私は知らない、支援があるとしても、もっと上の人間でなければわからない」と言った。

 ムゼイさんは、終始、教え諭すような笑みを浮かべながら静かに語った。娘たちのことを思うと、と話した時、目が潤んでいるように見えたけれど、それはこちらの思い込みかもしれない。

     ◇

 福島に住むおば、というのは朝日新聞にも何度も登場したことのあるカンベンガ・マリールイズさん。NPO法人「ルワンダの教育を考える会」の理事長を務めている。

江木慎吾

プロフィール江木 慎吾(えぎ・しんご)

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。

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