リベリアのビザはとったものの、飛行機が確保できない。フライト2日前になっても、まだ待機者リストのままだ。もともと西隣の国に行くのに、いったん東のトーゴに向かい、そこで乗り換え時間が45分しかないフライトだった。定時運航がきわめて疑わしいので、ビザのないトーゴに置き去りになる可能性も考えなくてはいけない。
悩ましいところだけど、車でリベリアを目指すことにした。アビジャンからリベリアの国境までだいたい10時間。リベリア国境から首都モンロビアまで半日がかりらしい。国境近くのコートジボワール側で1泊して、翌日にリベリア入りを目指す。
悩ましいというのは、お金が余計にかかるということと、道路は色んな意味で空より安全とはいえないこと、そしてまたもや車に長時間、揺られることへのためらいだった。
でも、ちょうど日曜日だし、移動するのには都合がいい。朝7時過ぎにアビジャンを後にした。
100キロほどは首都ヤムスクロに向かう高速道路を北へ走る。そこから西に折れ、北西へ進んだ。
ゴムの林が続く。緑の濃さが、東アフリカとは違う。
カカオ農場が続く。ヤシの林が続く。背の高い草が道に迫ってあまり周りが見通せないが、道は上下に緩やかに波打つように走る。高速道路をはずれてから、舗装が途切れたり、道の真ん中に穴があったり。中央線もなく、脇に人が歩いているのにプジョーの車で時速170キロも出して走るものだから、景色を楽しむゆとりなどない。
でも、気弱さと、運転を注意されるのを嫌う自らの性格が災いし、だまって車と一緒になって右に動いたり、左に避けたりする。肩も、腰もこる。
ところどころで前に車がいる。それに、道の大きな穴を避けるために相当、減速する。そこでカメラを構えて写真をとる。
感心するのは、どこまで行っても電線が道に沿ってあることと、集落が近くなると街灯もあることだ。コートジボワールはサハラ以南のアフリカの国の中では、電化率がきわめて高い。隣国のブルキナファソやマリにも配電しているのだという。
7時間ほど走ってドゥエクエの町に着いた。ここは、2010年の大統領選後の混乱で最も多く、800人とも千人とも言われる死者が出たところだ。といっても長居はできず、さらに先へ。
運転手兼通訳のおじさんが、ダナネの町に行けば、泊まれるところがあると前から言っていた。疑うわけではないけれど、アビジャンのホテルにあった電話帳でその町を調べたら、電話番号が10件ほどしか載っていない。大丈夫かと尋ねても、大丈夫、大丈夫と言うので、任せることにした。ちなみに、このおじさんは今回、通訳と旅のコーディネートに専念しているようで、運転は別の若者が担当している。
でも、途中で道を聞きながら進んだところをみると、この辺に精通しているわけでもないらしい。まあ、ここまで来たらなるようにしかならないさと、いい加減な性格が出てしまい、先のことは考えないようにした。
道が緩やかにのぼり始めた。左右に小高い丘が見える。写真に撮りたい風景だけど、相変わらず150キロ超えで走っているので、声をかけにくい。ここは想像していただくとしよう、村の鎮守の森を少し大きくしたような緑の山。ところどころ、すっくと立つ高い木がある。バオバブの一種だというのだけれど、マダガスカルのバオバブのように、幹が太くはない。でも、言われれば確かにバオバブの面影がある。
そんな中を走って、ダナネに着いた。ホテルも確かに見つかった。当然、インターネットなどなく、電灯をつけても薄暗く、ききの悪いクーラーと、トカゲだらけのところだけど、3人泊まっても6千円というのは御の字だ。原稿は、つまりこの原稿のことだけど、衛星通信を利用して送ればいい。蚊がすごくたくさんいて、嫌だけど。
国境までは30キロ程度。でも、その向こう側の車をどう確保するかという課題が実は残ったままだった。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。