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内戦の面影を残す「凱旋門」 @マケニ

写真:クンバ・ムアさん=いずれも20日、マケニ、江木慎吾撮影拡大クンバ・ムアさん=いずれも20日、マケニ、江木慎吾撮影

写真:ガスキン・アマラさん拡大ガスキン・アマラさん

写真:町外れで日が暮れて。正面の山には悪魔がすむと地元の人はいう拡大町外れで日が暮れて。正面の山には悪魔がすむと地元の人はいう

写真:マケニの中心部にある大きな門。コロマ大統領のポスターがかかっていた拡大マケニの中心部にある大きな門。コロマ大統領のポスターがかかっていた

写真:11年前の同じところ。手前の看板は革命統一戦線(RUF)のもの拡大11年前の同じところ。手前の看板は革命統一戦線(RUF)のもの

 シエラレオネ中部の町マケニに来た。ここには11年前に訪れた。内戦中、反政府勢力の革命統一戦線(RUF)の拠点だったところで、政府と和平交渉に転じたRUFの幹部にインタビューした。

 当時の町はひっそりしていた。中心部に凱旋門(がいせんもん)の小型版のような門をつくっていて、手前に「RUF」の看板が立っていた。

 戦いの日々から立ち直る、戦争を乗り越える、とはどういうことなのだろう。考えてみれば戦後67年を経てなお、日本は戦争をひきずっている。

 クンバ・ムアさん(36)は内戦のさなか、マケニから実家の村に戻ったところをRUFに拉致された。村の若い女性、子どもたちが連れ去られた。母親はこのときの襲撃で亡くなった。リベリア人のRUFメンバーに「妻になれ。選択の余地はない」と言われた。約1年の間、RUFと行動をともにした。

 戦況が劣勢になると、一団はマケニ周辺から撤退した。15台の車を連ねリベリア国境近くまで移動したが、そのときが限界だとムアさんは思った。一緒に拉致された、まだ小学生の弟を連れて逃げた。

 見つかった。銃撃を受け、弟は殺された。ムアさんは何とか逃げ延びてマケニに戻ってきた。父親はすでに亡くなっていた。

 国に平和が戻った。戦闘に携わった人間の武装解除、復員、社会への再編入の過程が始まった。ムアさんは武装勢力のメンバーとみなされ、人前に出るのが怖くなり、家からも出られない日々が続いた。RUFというレッテルに自ら追い詰められ、いったん首都フリータウンに移った。

 国際援助団体の教育支援プログラムがあると知って、マケニに戻った。そこで「あなたは被害者。責められるのも、自分を責めるのもおかしい」と何度も言われた。自分は絶対に武装勢力とは同化しない、そう思ったからこそ、逃げ出したのだった。少しずつ、自分に自信がもてるようになった。

 調理関係の職業訓練コースを受け、マケニ市内の宿泊所とホテルに勤めた。資金をためて2年前に自分の食堂「Kレストラン」を開いた。クンバのKだ。人を使う余裕もでき、結婚して子ども2人にも恵まれた。「いまは幸せ」と言う。

 振り返っても、いったい何のために国を二分して戦っていたのか、ムアさんにはわからない。RUFは今も嫌悪する。

 そんな思いをした人にとって、たとえ彼らが許しを請うたところで心から許すということは難しいのではありませんか、と聞いた。

 「私は、キリスト教徒です。もう彼らを許しています。ただ、決して忘れることはありません」

 ガスキン・アマラさん(54)に内戦時代のあなたの体験はと尋ねたら、「私の個人的な体験を通して、いったい何が知りたいのですか」と言われた。語りたくないという意思表示だったが、大学の面接を控えた1991年、武装勢力に拉致され戦闘員にさせられたと話してくれた。「人生には、自分ではどうしようもないことがある」

 アマラさんは戦後、政府や国連が戦闘員を社会へ戻すために取り組んだ再教育プログラムに60人とともに参加し、コンピューターを学んだ。だが、わずか半年のプログラムでは何も達成できなかった。「本当に社会に戻ることのできる技術を身につけることなど不可能だ。多くの元戦闘員が、中途半端に放り出され、満足な仕事にもつけないままになっている」

 アマラさん自身は、独力で勉強を続け、いまはミッション系の小中学校で英語とコンピューターを教えている。大学に通いなおし、開発学を学び、地元ラジオで番組を持つようにもなった。

 自分は被害者だとアマラさんは言う。昔、同じ学校で学んだ仲間を見かけることがある。武装勢力の戦闘員にされることなく、社会に出て成功した仲間をみると思う。戦争は自分の人生をすべて変えてしまったのだと。

 戦闘を続けた末の心の傷はと尋ねると、「それは完全に癒えることはない。徐々にしか、癒えることはない」と言った。

 取材を終わったら、待っているはずの車がない。ファンベルトが切れて修理しに行ったのだという。電話しても運転手は出ない。結局、暮れゆくマケニの町はずれで1時間以上、待つことになった。本当に車についていない。

 同じことばかり書いているけれど、11年前に比べると、同じ町とは思えない。面影が少しあるのは、町の中心部につくっていた「凱旋門」が時計つきの新しい構造になっていたことだ。RUFの看板はもちろん消えて、先ごろ再選を決めたコロマ大統領のポスターが門にかかっていた。

     ◇

■11年前に書いた記事から

《ゲリラ勢力、和平に意欲 10年に及ぶシエラレオネ内戦》

 

 西アフリカ・シエラレオネで、10年に及ぶ反政府武装闘争を続ける革命統一戦線(RUF)の本拠、中部の町マケニに入った。支配地の豊かなダイヤモンドを資金源に、残虐行為を繰り返す「ならず者集団」と恐れられてきた。だが、RUFの広報担当は「戦いは終わり。支配地すべてに国連シエラレオネ派遣団(UNAMSIL)の展開を認める」と和平への意欲を語った。

 

 マケニは東部のダイヤモンド産地をにらむ要衝だ。町にはRUFの支配を誇示する看板が、所々に立つ。政府軍と支配を争っている中間地帯の荒廃ぶりに比べれば、町に戦いの傷跡は少ない。

 RUFは1991年、政権の腐敗一掃などを掲げて内戦を起こした。97年ごろから、市民の手足を切り落とす残虐行為が目立ち始めた。昨年5月には、展開したばかりの平和維持軍、UNAMSILの要員約500人を人質にとって国際的な非難を浴びた。

 マサコイ広報担当(33)に、町はずれの民家で会った。衛星電話と太陽電池が備えてある。突然、民家に4輪駆動車が乗り付けた。荷台から自動小銃、ロケット砲を持った約10人の若者が一斉に飛び降りた。RUFのセセイ臨時代表の到着だった。

 残虐行為の指摘についてマサコイ氏は「政府のうその宣伝だ。しかし、万一そのような行為に及んだ者がいれば、政府の法廷ではなく、国際法廷で裁かれるべきだ」と語った。

 長年の闘争を支えてきたのが、支配地の豊富なダイヤモンドだ。隣国リベリアを抜け道に密輸し、代わりに武器を購入している疑惑も指摘されている。マサコイ氏はこの疑惑も否定し、「ダイヤは人々のために有効利用している」とだけ言った。

 国際社会がリベリアへの批判と締め付けを強める中で、RUFも資金面で追い込まれているといわれる。指導者のサンコー議長も昨年5月、政府側に拘束された。臨時代表になったセセイ氏は話し合い路線への傾斜を強め、11月には政府との間で停戦協定を結んだ。

 マサコイ氏は和平を求めているあかしとして、支配下のすべての地域へUNAMSILの展開を認めていることを強調した。確かに、国連部隊の展開地域では、今年に入って目立った衝突は起きていない。しかし、部隊を配置できていないギニアとの国境地帯では、激しい戦闘が続いている。10万人を超える難民が、戦いを避けてギニア側に流出したままだ。

 マサコイ氏は「政府軍が国境のギニア側にいったん出て、越境攻撃を仕掛けている」と主張した。これに対し、政府側で和平交渉にあたっているドゥブヤ外相は「ギニアへ攻め込んでいるRUFに、ギニアが抗戦しているに過ぎない」と反論している。

     ◇

《シエラレオネ内戦》 91年、革命統一戦線がダイヤ鉱山の支配権をめぐって政府軍と戦闘を開始。97年、ナイジェリアなどが西アフリカ諸国平和維持軍を組織して内戦に介入。RUFは99年、政府との和平協定に調印したが、同軍の撤退後は再び攻勢に。ヘリ撃墜や要員拘束で「国連シエラレオネ派遣団」の平和維持活動も妨害。国連はUNAMSILを1万3千人に増員することを決定、安保理はリベリアにダイヤ禁輸措置も発動した。

江木慎吾

プロフィール江木 慎吾(えぎ・しんご)

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。

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