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元戦闘員 手放したAK47銃、手に入らぬ定職 @ボー

写真:元戦闘員の3人。左からフォデカイさん、カマラさん、セセイさん=江木慎吾撮影拡大元戦闘員の3人。左からフォデカイさん、カマラさん、セセイさん=江木慎吾撮影

 フリータウンから東に300キロほど離れたボーという町で、3人の男性に会った。3人ともに元戦闘員だった。内戦終結から10年、3人とも定まった職をもたない状態だった。

 モーゼズ・セセイさんは、自分の年齢がわからない。最初は21歳だと言っていたが、13歳ぐらいで拉致されて革命統一戦線(RUF)の戦闘員にさせられたとも言っていた。内戦が終わって10年たっているので、計算が合わない。色々と付き合わせていくと、36歳になるのだが、見た目は21歳に近く感じる。

 少年兵として、AK47銃を与えられ、戦闘員になった。

 戦後、武装解除、復員と社会復帰のためのプログラム「DDR」に参加した。電気技師になるべく半年間の研修を受けたが、職にはありつけなかった。いまも定職がなく、ナイトクラブで不定期のDJをして食いつないでいる。

 サイドゥ・カマラさん(26)は政府軍の兵士だった。ボーの近くの村にあった家で1人留守番をしているとき、政府軍による襲撃があった。パニック状態になり、家を飛び出したところを捕まった。

 政府軍といっても、ならず者集団とさして変わりはなかった。戦う理由も知らないままアーミーナイフを与えられ連れ去られた。最初は戦闘時も車の中で待機させられたが、AK47を持って戦うようになった。

 戦後はやはりDDRでバイクの運転を身につけた。一時期、雇われのバイク運転手をしたが、いまは妻と子ども1人をかかえて無職だ。砲弾の音でやられたのか、聴力が衰えたという。

 アルファ・フォデカイさん(41)は自主的に戦闘員になった。RUFでも政府軍でもなく、カマジョと言われる武装勢力に加わった。

 カマジョは当初、猟師の使う弓矢で戦っていた。そこから地元漁師の呼び名、カマジョがついた。

 フォデカイさんは、RUFや政府軍が国を食い荒らしていると感じ、戦いに身を投じた。2千人の集団で8年間、戦い続けた。戦後はやはりDDRで服の仕立てを学んだ。ミシンをもらったが、仕事はなく、手放さざるを得なかった。妻と子どもを2人抱え、日雇いの荷物運びをしてしのいでいる。

 3人は心のケアについては、特に受けていないという。社会からは受け入れてもらっていると感じるかと聞くと、「最初は怖がられたが受け入れてくれた」と口をそろえる。

 そんなに簡単なものなのだろうか。

 仕事にありつけて初めて、社会に受け入れられたと言えるのではと、意地悪を承知で聞いてみた。3人とも「DDRに参加すれば、仕事につけるという話だった」と不平を語った。そして質問に直接答えないまま、仕事がないことへの不満を繰り返した。

江木慎吾

プロフィール江木 慎吾(えぎ・しんご)

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。

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