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副大統領を務めたナドイムさん(63)が再会の時に言っていた、あることが引っかかっていた。それはコモロ最大のヌジャジジャ島、つまりいまいる島の北部にホテルを誘致する計画についてだった。
ヌジャジジャ第2の町、ミツァミウリのはずれに、ホテルを再建する計画をナドイムさんは副大統領時に進め、ドバイから資本を呼び込むことに成功した。でも、実現はしなかった。2008年のリーマンショックの余波を受け、計画が頓挫してしまったのだ。
1990年代までここには、300室を誇る同島最大のホテルがあった。南アフリカ資本で、そのころはコモロと南アフリカの間に週3本の直行便があり、多くのバカンス客が訪れた。いま、南アフリカとの間に直行便はない。
コモロは火山島なので、美しい海に囲まれながら砂浜があまりない。でも、ミツァミウリなど北部には美しい砂浜のほか、観光名所になりうるところがたくさんあるというので、行ってみた。
コモロのはるか南東のインド洋にはサイクロンがあるようだ。そのせいではないだろうけど、ここ数日は波が荒い。本当は海から島を眺めるという計画だったが、それはあきらめた。
陸路で約1時間、モロニに次ぐ人口があるというけれど、どうみてもミツァミウリは小さな町だった。小さな町の小さな市場に寄ってみると、片隅でカツオだろうか、切り身にして売っていた。
ミツァミウリを出て、島の北端を回ったあたりに、水の色が毎日変わるという塩湖ニャマウイがあった。火口湖だという。福島県にある五色沼のようだが、すぐそばに海があるせいか、20年以上前に訪れた記憶の五色沼より明るい感じがする。
この日の水の色は青と緑の間といったところ。時に赤くなるという。ここには、希少なフルーツバット、果実を食べる大きなコウモリがすくっている。
火口の縁をぐるっと1周した。ちょうど車をとめた対岸が岩山のようになっている。また山登りか。前日より登りはずっと緩いが、真下が見えるので足がすくむ。
上から眺める海は、空が晴れていることもあって鮮やかな色に映える。岸に近いところは乳白色、そこからスカイブルーに変わり、岸から遠ざかるにつれて青が透明なまま深まってゆく。2日連続の運動で、また汗だらけになった。
ここからミツァミウリに戻る途中に、大きなバオバブの木があった。西アフリカで見たバオバブはスリムで高い木だったが、コモロのはずんぐりと太い。大きなほらがあり、中に入るとすっかりずん胴になっていて緑の葉っぱと青い空が見える。
木には緑のゴムマリほどの実がついていた。食べると甘いらしい。ほらの中には、少し汚れた白い花びらが落ちていた。
近くにイランイランの畑があった。バニラと並ぶコモロの主産品で、香水、アロマテラピーに使われる。
黄色い花びらを摘むと、強い香りに包まれる。においを説明するのは難しい。気品と深みを感じさせると言ったらいいだろうか。押しつけがましさの半歩手前の強さとでも言おうか。
そして、マルージャの砂浜に来た。ここにかつて、ホテルがあった。それがなくなってから、周辺の道路の穴は修復されることなく放置された。そういえば、ミツァミウリにも遠浅の白砂の浜があったが、方々にごみが放置されていて、ヤギがそのごみをはんでいた。
でも、マルージャの浜は美しい姿を保っている。300メートルほど沖合で、波がはじける。その内側、透明な水をたたえる遠浅の浜では、漂うようにさざ波が揺れるばかりだ。ここで何もせずに時を過ごせたら、魂の洗濯になるだろう。
いま、頓挫したホテルの再建を、カタール系の資本が引き継ぐ計画があるという。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。