アフリカに来て、10カ国目の訪問地がコモロだった。これまでの9カ国と全く違い、コモロの人々が誇っていいと思うことが少なくとも一つある。
この島に来て、街なかで1丁の銃も見ていない。
これがアフリカでどれだけ特別なことか。多くの国で兵士はもとより、警察官も自動小銃をもっている。警備員がもっているところもある。どこに行っても目にするから慣れっこになり、人を殺す道具がそばにあるということに鈍感になってしまう。
何かが違うと感じたのも、4日ほどたってからだった。警察官も兵士も目にするのだけど、肩から自動小銃をぶら下げていないのだ。コモロが特別な国でなくなる時、アフリカは大きく変わっているだろうと思う。
ほめることはほかにあまり思い当たらない。ここの人たちはどこへでもごみを捨てる。モロニの旧市街と呼ばれる港あたりは感じのいい場所なのに、臭気がぶちこわしにする。
前回来たときは、ものすごい数のハエがどこにでもいた。どれだけいたかというと、食堂で食べようとして、たかるハエを払うのをあきらめるほどいた。これはきっと、何でもどこへでも捨てるのが原因だと思っていた。
今回、確かにハエはいるけれど、前とは比べものにならないほど少ない。ということは、方々に捨てるごみだけが繁殖の生命線というわけではなさそうだ。それにしても、せっかくきれいな海があるのに、台無しだとなぜだれも気づかないのだろう。ほら、そんなところにタイヤを捨てたらだめだってば。
効率から取り残されていることを示すのが電話だ。まず、携帯電話のSIMが郵便局に行かないと手に入らない。プリペイドの電話時間を買う時も同様だ。
空港に着くやいなや人が寄ってきて売りつける他国と大きな差がある。民間の参入が進んでいない証拠だ。その一方で、山中の村にも公衆電話ボックスが設置されている。この暑い国でボックスに入る勇気のある人が多いとは思えないが、ボックスは方々にある。アフリカの他国では見かけない風景だ。
お金についても、少し変わっている。ユーロ圏であるのはわかるのだが、ドルが全く威力を発揮しない。ドルで払おうとしても拒否される。
そういう国はないわけではないが、ユーロで払おうとしても拒否されることが多い。ユーロだと日々の生活品を買うために地元のフランに換えないといけないので、面倒なのだ。
少しの手間をかければ、より幅広く使えるお金が手に入る。それをしようとする人がいない。日本ではむしろそれは正常だろうが、アフリカでは珍しいと言わざるを得ない。
ほぼ完全にイスラム教の国だが、礼拝の金曜日は休日ではない。日曜日が休みになっている。クリスマスから1月の初旬にかけては学校も休みで、朝から子どもたちがサッカーをしている。フランスの保護領だったころのカレンダーを引きずっているようだ。
道路が細く、舗装がよくないことが原因かもしれないが、総じて運転はおとなしい。前へ前へ、隙あらば横入りという、今まで訪れた9カ国とは違う。
日本車が多いけれど、トヨタの圧勝ではない。他のメーカーの車が頑張っている。新しい車は韓国車が多い。そういう傾向は、先端をいっているのかもしれない。もちろん、フランス車も多いけれど。
スエズ運河が開く前、ここは重要な海上貿易の拠点だった。コモロの人たちは、古くから住み着いたアラブ系、アフリカ系、アジア系の人たちがまじっている。だから、町なかを見てもいろんな顔があって「コモロらしい顔」というのがぱっと浮かばない。
と、表面をさらっと見ただけで、小さいけれども違う国、という感じがする。むろん、どこの国も違う。特別だ。でも、肌がじとじとする蒸し暑さとともに、どこにもないイランイランのような濃厚な香り感じられる、と言ったらほめすぎだろうか。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。