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11月14日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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扇風機と古事記と、灰色猫 @モロニ

 5日はマダガスカルに移動する。飛行機の出発が午後3時過ぎなので、ホテルを昼ごろ出ることにした。フランス語圏の取材はうまくいかないなあと思いつつ、さて、マダガスカルはどうしようかと思いを巡らす。ここもまた、フランス語圏になる。

 シエラレオネでの失敗もある。空港には出発の3時間前に着いた。この日午後の国際便は3便、フランスの海外県のレユニオン、ナイロビ、そしてマダガスカルのアンタナナリボ行きだ。

 マダガスカル便はまだチェックインが始まっていないというので、しばらく外で待っていたが、暑いので中に入れてくれと言って入った。

 新しくきれいなターミナルに、足を踏み入れる。テレビ画面にきょうの3便の予定が出ている。アンタナナリボ、午後9時5分とある。

 6時間遅れだ。

 羮(あつもの)に懲(こ)りて膾(なます)を吹く、とこの場合も言うのか。少し違う気がするけれど。なんで今朝、航空会社に確認しなかったのだろう。

 ツイッターにバオバブの実の写真を添付しようとして、チェックアウト直前までかかって結局断念したのだった。「これ何の実か、わかりますか」と得意げに書くつもりだった。その罰があたったのだ、きっと。

 言葉も不自由ななか、いまさらどうすることもできないので、そのままターミナルに居座ることにした。午後1時半にケニア航空の便が飛び立つと、重い倦怠(けんたい)感が沈殿した。片隅に置かれたテレビが、フランス語の24時間ニュースを流し続けている。

 ターミナルには椅子がない。きっと、チェックインが重なって混み合うことを考え、動線を確保するためなのだろう。でも、気分がめげているので「客を客とも思っていない」と、さらに落ち込む。

 最初は、小さなスーツケースの上に座っていた。リベリアの道ばたでもそうしたように。丈夫なスーツケースだが、もし変形でもして開かなくなったら困る。そこで荷物運搬用の手押し車があったので、それを持ってきて腰掛けた。

 荷物を載せるところが金属のパイプでできている。ものすごく狭い便座のトイレに座っているようで、おしりが痛い。立ったり座ったりの繰り返しだ。

 そうこうしているうちに、すごく暑くなってきた。夏の体育館の中のようだ。でも、いったん外に出るとまた入る時に面倒そうなので我慢。運動もしていないのに、またしても汗で服がじとじとしてくる。

 入り口の警備担当は寝ている。手荷物検査担当も寝ている。ターミナル内で時を過ごそうと決めた乗客は2組しかいない。もう1組の家族は床に寝転がっている。手荷物検査場の天井にある二つの扇風機が、ギコギコと音を立てて回っている。

 よく見ると、本当に高校の体育館のようなつくりだ。さっきまで掃除をしていたけれど、40分ほどで終わってしまった。フランス語のニュースがインドの集団レイプ事件、タスマニアの山火事、中央アフリカ共和国の緊張を伝えている。

 やることが思い浮かばない。携帯電話のプリペイドの通話時間まで、ちょうど都合よく切れてしまった。

 持ってきた電子辞書に「日本文学1000作品」がついていたので、「古事記」を読む。こういう時の読書は、よほど読みたい本でない限り、頭に入らないと相場は決まっている。

 警察と警備の面々が、どこかから椅子を持ってきて、テレビの前に陣取った。ニュースチャンネルから切り替えて、ドラマを見始めた。もちろんフランス語なので、まだニュースの方がわかる。仕方ないので「この事態を原稿にでもするか」と思い定める。

 やることがなくて書いているものなど、面白いはずもない。ここに来てから、4時間がたった。チェックイン開始まで、たぶんあと2時間だ。白と灰色のネコがどこからか入ってきて、ゴミ箱をあさったかと思ったら、空港責任者のオフィスに消えていった。飼っているのだろうか。

 これだけ暑いと、夕立がきそうだ。そうすると風が強まって雷が鳴って、飛行機がさらに遅れるのではないかと、悲観的な考えが浮かぶ。午後9時過ぎに出発したとして、アンタナナリボのホテルに入れるのは日付が変わるころだろう。

 そんなことはいいけれど、飛ぶだろうか。日曜日のうちに、英語が話せて手伝ってくれる人を探さないと、月曜日から身動きがとれない。

 そもそも、マダガスカルには大統領が2人になるという異常事態の時に来ただけで、そんな状態はずっと昔に解消している。そのとき、就任したラバロマナナ大統領は、今は逃亡の身となってはいるけれど。

 何を書こうというのか。マダガスカルは珍しい動植物の話題や環境破壊、土地問題で朝日新聞には結構登場している。いまさら10年前の二都物語を書いても仕方ないし、迷いは深まるばかりだ。

 で、結局チェックインが始まったのは、午後7時ごろだった。真っ先にすませ、出国のスタンプを押してもらい、機内持ち込み荷物を検査したところで、後ろにいる人が日本人だと気づいた。

 まさか、ここで。コモロのヌズワニ島で漁業援助にあたっているという。もう20年以上、アフリカのフランス語圏で漁業を指導してきた人だ。外務省のホームページには、コモロ在留の邦人は2人となっていて、実は例の観光業者に探せないか持ちかけて果たせなかった。その1人がこの方で、もう1人も同様に漁業援助に携わる人らしい。

 ちょうど仕事で日本に一時帰国する途中だという。マダガスカルでエールフランスに乗り継いで、フランスを経由して月曜日には東京で出勤の予定というから大変だ。

 聞くと、コモロの市場などでカツオをたくさん見かけるのは、日本の援助によるところがあるのだという。ここの伝統的な手こぎ船では、素早いカツオの動きについていけない。技術の導入と新たな漁法で、市場に並ぶ魚の種類も違ってきたというのだ。

 アフリカで頑張っている日本の人たちに出会うと、勇気づけられる。ちなみに毎日、刺し身を食べているそうで、それを聞くと、ふだんは日本食が食べたいとも思わないのに、急に酒が飲みたくなるから困る。

 ここで会ったのは、とても幸運だった。話をしているうち、出発時間は午後9時25分に変更され、さらに8時45分ごろになると、アナウンスが流れた。

 現地語とフランス語でしか言わないので、何のことか全くわからない。「きょうは飛ばないと言っています」と教えてくれる。明日の朝、8時に飛ぶと言っているらしい。

 空港で徹夜か。昼からすでに9時間近くいる。さらに11時間はちょっとつらい。マダガスカル航空がホテルを用意すると言っているらしく、だれもいない入国審査を逆にたどってチェックインカウンターまで出た。ものすごい剣幕で怒っている人がいる。

 心強い日本人がいなければ、たぶんずっと1人、出国ロビーで座っていたに違いない。その後、マダガスカル航空の仕立てたバスでモロニ市内に戻り、着いたのは今朝まで泊まっていたホテルだった。

 午前5時に再び空港に向かうというので、さっさと夕食のビュッフェをかき込み、シャワーを浴びて、こうして原稿を書いている。けさまで使っていたネット接続のパスワードがいきていたのが幸いだ。

 洗面用具も着替えも、チェックインした荷物の中で、どうにもならない。それにしても、またバタバタになってしまった。でも、今回は不可抗力と言えるのではないだろうか。そこここに、隙だらけの旅人ぶりをさらしてしまっているけれど。

江木慎吾

プロフィール江木 慎吾(えぎ・しんご)

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。

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