マダガスカルも5日目になったところで、少しこの国の状況について。
クーデターのような形でラバロマナナ大統領が政権を追われたのは2009年だった。代わってラジェリナ暫定大統領となり、暫定のまま4年が過ぎようとしている。今年の5月に大統領選がある予定で、ラジェリナ氏が出馬するかどうかに注目が集まっている。
ラバロマナナ氏は立志伝中の人物だった。ミルクを自転車に載せて売っていた青年が、次々と企業を買収して有数の乳製品会社をつくりあげた。アンタナナリボ市長を務め、時のラチラカ大統領に挑んだ。選挙戦後に大統領が2人並び立つ「二都物語」の異常事態をへて02年に大統領となった。
ラジェリナ氏は、ラジオのDJなどをへて広告会社経営で頭角を現し、テレビの経営にも乗りだして、ラバロマナナ氏と同様に首都の市長になった。ビジネスでラバロマナナ氏と対立が生じ、関係が決定的に悪化したのが、ラチラカ元大統領のインタビューを放送して政権を批判したことだった。
ラバロマナナ政権は、ラジェリナ氏のテレビ局を閉鎖、これに抗議する形でラジェリナ氏は若者たちにデモを呼びかけた。ラバロマナナ氏は政権運営をめぐって軍の信頼を失っていたといわれ、デモ隊への発砲で死者が出たことから一気に批判が強まって辞任に追い込まれた。
この騒ぎのあと、事態の収拾に乗り出した南部アフリカ各国は、混乱の原因をつくったとして、今年の大統領選へのラバロマナナ氏とラジェリナ氏双方の立候補を認めないことを提言している。ラバロマナナ氏は発砲事件で訴追を受ける可能性があり不出馬を表明している。ラジェリナ氏は正式に立候補表明をしていないものの、意欲を見せているといわれる。
暫定期間は様々な意味で権力の空白を生んだ。シタンなどの不法伐採が横行し、南部を中心にゼブと呼ばれるこぶ牛を武装強盗が奪う事件が頻発した。こぶ牛は、マダガスカルの農家にとっては富の象徴であり、食卓の主役だ。1頭が日本円で2万5千円から4万円以上する。ここではかなりの大金だ。
そのこぶ牛強盗のことを被害地域に行って聞いてみようと思った。
アンタナナリボから西へ約200キロの町を目指し、国道1号を走った。水田地帯を抜け、火山地帯にいたると、土が赤から黒色へ変わる。わらぶき屋根の、赤茶の壁の家が、周りの緑と溶け合う。高原の美しい田園風景が広がる。
道路の周辺に牛を追う子どもと若者の姿が増える。月曜日に牛の市が開かれるので、それに向けて牛を移動させている人もいる。
4時間以上かかりツィロノマンディディの町に着いた。一帯が牛強盗の被害にあっている。着いたはいいが、どこへ行ってだれに話を聞いたらいいのかもわからない。運転手の知り合いがラジオ局にいるというので、訪ねてみた。
地元のラジオ・ブンゴラバの編集者、ラノトニアイナ・オリビエさん(28)の話を聞いた。
「09年の政変以降、牛強盗が増えたことは事実です。これまでもあった数頭の牛泥棒と違うのは、銃で武装して一度に30頭以上をさらっていくことです」
「彼らはダハルと呼ばれます。こぶ牛の角でできたモアラというまじないのネックレスを首から提げます。角の中にハサミと土と赤い布が入っていて、これを身につけ『ラム(水)』と唱えると、どんな敵の攻撃もかわせるのです」
「牛を守るため、この周辺の村の人たちは、警備員など雇いません。ジャマと呼ばれるまじない師を雇うのです。ジャマも魔法の力で牛を守ります。ダハルとジャマがぶつかり、ジャマが殺されて切り刻まれた事件もありました」
「ダハルは20人以上の集団で襲ってきます。奪った牛は、走らせて移動させます。このため、自分たちもリレーのようにして走るのです。ほかの地域との境界線に近い村が狙われます。追跡をかわすためです。雨期だと下の土が軟らかくてひづめの跡が残りやすいので、乾期に襲撃があります。夜来ることもあれば、農作業で人が出払う昼間に襲うこともあります」
「警察官が撃たれたこともありますが、警察は通報しても手を出すのに及び腰だといわれます。だから、だれも警察を頼りにしていません」
魔法の力、などにわかに理解しにくいところはあるけれど、政治の混乱に乗じる形で被害が頻発しているらしい。被害を受けた場所を聞いて、そこを訪ねることにした。
ほんの5キロほど車で走ったところに、アンツァパニマハジュの村がある。その村のラザフィドラ・ジュスティンさん(46)が話してくれた。
「11年10月の、確か18日でした。夜10時少し前に襲撃がありました。近くの村を25人の集団が襲ったと言われていましたから、それぐらいの人数だったと思います」
「家に入ろうとする武装グループに今年20歳になる息子が2階の踊り場から石を投げて追い返そうとしていました。夫が息子を抱きかかえるように家の中へ戻そうとしました。その時、夫は下から銃で撃たれたのです。銃弾は頭と胸、右肩に入りました」
命中したのは散弾だった。だが家に残った弾痕をみると、ほかの銃もあったようだ。
「連中は村に2時間いて引き上げました。その間、銃声がしていました。ものすごく怖かった。撃たれた人は夫のほかにもいましたが、村で亡くなった人はいませんでした」
「家の前にあった柵の中にいた牛18頭を奪われました。警察はだれかが電話で呼んだようですが、事件が終わるまで村には来ませんでした。その夜、村のほかの人たちと牛のたどった道を探しましたが、行き先はわかりませんでした」
そこまで話したところで、夫のアテンドリアナンドライナ・エマヌエルさん(52)が農作業を終えて帰宅した。もろ肌ぬいで、散弾が残っているところを見せてくれた。鍛えた体をしている。聞くと、牛の強盗にあったのは初めてではないという。05年にも20頭を奪われているのだと話してくれた。
「村を守るのは、国の責任のはずです。でも農家は死ぬのを待つだけの状態です。何ができますか。失ったものは戻ってきません。それでも生きている限り、また働くしかありません」
道路に面した2階建てのれんがの家に、家族6人が住む。コメ、メイズ、キャッサバを栽培する。今は再び、オス2頭、メス1頭の牛を飼うようになった。
「死ぬのを待つだけと言っても、私は空手とテコンドーを学んでいます。再び攻めてくるかもしれませんが、戦います。心の準備はできています」
ここで、再びラジオ局のラノトニアイナさんの話に戻る。警察が、軍が、当てにならないとしたらどうすればいいのか。
「もし牛強盗が捕まったとしても、いまの司法当局には裁くことはできません。簡単に買収されてしまうからです。被害者は訴え出たとしても、すぐに解放された犯人に、逆に命を狙われるのがおちです」
「最近、村が自分たちで『おきて』を定める例が出始めました。捕らえた犯人は村が裁くのです。村人同士が強盗団の監視にあたり、もし参加しない場合は特別にお金を払わないといけない、などの取り決めもあります」
「たとえば牛の強盗の場合は死刑と決められます。国の法律が適用できないのだから、仕方ありません。司法当局もこの動きを止めようとしません」
国の中に二重の司法制度ができてしまうことになる。そんなことがあり得るのか。ラノトニアイナさんが、入手した映像を見せてくれた。かなり離れた村の映像だという。
普段着の住民たちの前に、上半身裸の男が連れてこられる。首からは牛の角を提げている。例のおまじないのモアラだ。捕まった人間は、捕まった時の姿で裁きを受けるのだそうだ。
裁きの後、男は後ろ手に縛られ、村はずれに連れて行かれる。村人数十人が一緒に移動する。そこで後ろを向かされ、銃殺される。横たわる男に向かって「何で(まじないの)『水』と唱えないんだ」と住民の1人は嘲笑する。
村のおきての広がりは、国の法秩序の空白が生んだ混乱だ。法秩序の空白を生じさせているのは、暫定期間という名のもとの権力の空白だ。その混乱は収拾に向かうのか、それとも、さらなる混迷が待つのか。予定通りの実施なら、もう大統領選まで4カ月を切っている。
◇
2002年に書いた「二都物語」の記事です。中身は、本家の内容とは似ても似つかないものです。
《大統領が2人、首都が二つ? 政争で分断、庶民困窮 マダガスカル》
インド洋の島国マダガスカルには、「2人の大統領」がいて「二つの首都」がある。昨年12月の大統領選がこじれた結果だ。2都間の物資の行き来は、事実上停止した。政争が引き起こした現代アフリカ版「2都物語」は、庶民窮乏の図だった。
◇「首都1」アンタナナリボ ガソリンなく高騰
この街には、ガソリンがない。
アンタナナリボを掌握したラバロマナナ氏が2月、「大統領就任」を宣言したのに対し、現職だったラチラカ氏は、首都を東海岸の港湾都市トゥアマシナに移した。
アンタナナリボは、燃料供給をトゥアマシナからの国道2号に依存する。その国道を、ラチラカ氏側が封鎖した。
アンタナナリボ国際空港では、燃料補給ができなくなり、パリ便など主な国際便が飛べなくなった。ガソリンはやみでしか買えず、値は5倍近くに跳ね上がった。
近郊のガソリンスタンドで、大渋滞ができていた。住民が、近くを通ったタンクローリー車を「拉致」し、スタンドに運んだのだった。1人につき約20リットルまで、急騰前の正価でさばいていた。
ガソリンを強奪された格好の車の運転手と所有者は、「友人の運送会社用だった。勝手に販売された収益でさえ、私に戻ってくるかわからない。でも仕方がない」。横の男性が「そう。今は会社より人々のためだ」と言った。
主食の米、食用油、砂糖の供給も滞り、値は1・5〜2・5倍になった。主要産業の衣料業界も、打撃を受けた。
Tシャツなどをつくる町工場には、地元の500人が働く。香港の親会社は原材料輸出を渋り、製品輸出先の米国からは発注停止の通告が来た。財務担当のジャノットさん(35)は「あと2週間で事態が改善しなければ、工場閉鎖だ」と話した。
◇「首都2」トゥアマシナ 野菜届かず、砂糖運べず
この街には、野菜がない。
ラチラカ政権によるアンタナナリボ経済封鎖は、トゥアマシナの庶民生活には兵糧攻めになっている。中央高原地帯から、野菜が届かなくなった。トマトの値段が2〜8倍、ニンジン約3倍、ジャガイモが5、6倍になった。「敵」であるラバロマナナ氏経営の乳酸品・飲料会社が同地で営業できなくなり、バターも手に入らない。
サミュエル・ラハディ州知事は「原因はラバロマナナ氏が不法な大統領就任宣言をしたことにある。その状態が変わらない限り、経済封鎖は解かない」と話す。自州の市民も苦しめている点については「野菜を食べなくても生きていける」とした。
大型トラックが約300台、港周辺の道路わきに止まっていた。砂糖を積んだ23トントラックの運転席のそばでラジャオさん(50)は米を炊いた。「食費は会社が出す。道路が再開されるまで動けない」と話した。
◇決選投票を準備VS.知事交代に着手 「大統領」の溝深まる
トゥアマシナ市から約120キロ南西に、ポンベレ(ベレ橋)がある。幅10メートルほどの川に、長さ約30メートルの仮設橋が架かる。
橋げたは外され、コンテナが横倒しされて橋をふさいでいる。幅約50センチの通路だけが残った。
トゥアマシナ側から200リットルのドラム缶が渡り、反対側からトマト、ジャガイモが人の頭に載せられて来る。
約10人の兵士が、橋を守る。カメラマンがフィルムを奪われたり、橋に近づいたトラックを警備責任者が銃撃したり、混乱と緊張状態にある。
「2人大統領」の溝は、広がっている。ラチラカ氏は、何度か延期された決選投票を、4月28日に実施すると発表。一方のラバロマナナ氏は、全6州の知事のすげ替えに着手、大統領としての既成事実づくりを急いでいる。「交渉で事が解決する時機は、過ぎたかもしれない」。ラバロマナナ氏につくマルソン・エバリスト特別顧問(63)は話した。
アンタナナリボにも「ラチラカの方がよかった」という少数の声があった。トゥアマシナの市民は「首都になって、どうかって? ばからしくて話にならない」と言う。とにかく正常化をしてほしいというのが、2都の市民の願いのようだった。
混迷の大統領選 昨年12月の大統領選で、最高裁は1月、アンタナナリボ市長ラバロマナナ氏の票が現職ラチラカ氏を上回ったとした。しかし、当選に必要な過半数の得票に達しなかったとし、決選投票実施を宣言。だが、ラバロマナナ氏は自分の得票率は50%を超えたと主張し、連日ゼネストを呼びかけた。
日本の外務省は「どちらが正当な大統領であるか、推移を見守っている」という姿勢。在京のマダガスカル大使館は「本国から正式な通知がない以上、ラチラカ氏が大統領で、首都もアンタナナリボのままだと認識している」という。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。