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09月18日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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五厘刈りはダメですよ @アンタナナリボ

写真:ティナ理容室へようこそ=いずれも11日、アンタナナリボ、江木慎吾撮影拡大ティナ理容室へようこそ=いずれも11日、アンタナナリボ、江木慎吾撮影

写真:アンタナナリボ大学の語学ラボ。日本から贈られた機材には「1970年」とあった拡大アンタナナリボ大学の語学ラボ。日本から贈られた機材には「1970年」とあった

写真:アンタナナリボ大学のキャンパスから拡大アンタナナリボ大学のキャンパスから

写真:左側にあるのが、ゼブの肉を細かく裂いて揚げたバランガ。拡大左側にあるのが、ゼブの肉を細かく裂いて揚げたバランガ。

写真:平間理子さん拡大平間理子さん

 行くならここで、と思っていた。

 こういう大仰な書き出しは、大したことのない話につながると思って間違いない。深刻な話が続いたので、アンタナナリボ最後の一日ぐらいは、やわらかく始めよう。

 日本を出てから3カ月がたった。出発の3日前に行ったきりになっている。長くなると、かえってまばらなところが目立つ。「春はあけぼの、やうやう薄くなりゆく生え際、すこしあかりて」というわけだ。

 アフリカの大陸部では、怖くて床屋には入れない。男性はほとんど、そっているか、五厘刈り程度にバリカンで整えている。そんなことをされたら、くしが再び使える時がこないかもしれない。

 マダガスカルには、長髪というか、日本人に近い髪質の男性も多い。手伝ってくれたガイドの男性に「どこで切っているの?」と聞いて、そこに行くことにした。

 目指した店は満員だった。女性客の姿も見えた。そこで、通りの反対側にある、客のだれもいない店に入った。「ティナ理容室」の主人は、椅子に座って葉巻のような濃厚なにおいのするたばこの煙を吐き出していた。

 「短く。でも、そるほどには短くしないで」と通訳してもらう。大きな鏡の前の椅子は、もちろん回転したり、倒れたりしない。座るところには髪の毛がたくさん落ちている。

 鏡の前には新聞がいくつか置かれている。当然、この上にも髪の毛が落ちている。椅子に落ちた毛を払いのけて座った。

 髪形など気にしたこともないので、いまさら気にしても仕方ない。覚悟を決める。でも、五厘刈りはダメですよ、五厘刈りは。中学校の時に鉄棒のできない男子生徒はみな五厘刈りになった。そんな罰が許された時代だった。悲しい記憶がよみがえるから、五厘刈りは勘弁願おう。

 首の回りに、日本と同様にあのエプロンのようなものをかけられる。首が冷たくて、生乾きのようなにおいがする。店主がバリカンを手にしたので、緊張する。頭の後ろからあてていく。深くあてないのでほっとした。目を閉じる。

 バリカンは後ろだけで、頭の上の部分はすきばさみを使い、さらに普通のはさみで切った。もみあげのところだけ、さらりとカミソリをあてる。落ちてきた毛が顔じゅうにつき、ずぼんは髪の毛で真っ黒になったが、払ってはくれない。10分程度で終わった。

 鏡を見ると、当たり前だが顔が変わるわけでもない。「オーケーオーケー、メルシーメルシー」と言って、5千アリアリを支払う。200円ぐらいだ。

 髪を切っただけで長々書いてしまった。本当のところ、ここに来たのは、ある人を訪ねたものの、忙しいから後でと言われて時間が空いたためだった。

 さらに時間があるので、アンタナナリボ大学に行ってみる。マダガスカルの最高学府にも、2009年以降の混乱のしわ寄せがきていた。これまで職員の賃金未払いなどで14回のストがあり、通常なら9月か10月には始まる学年度が、資金不足などで5月までずれ込んだ。

 人文学部の一室に入ると、日本語の教材が棚に並んでいた。語学のラボで、機材は日本が提供したものだ。寄贈年を見ると、1970年とある。日本ではあまり見かけなくなったカセットテープ式だ。

 昼食にバランガといって、ゼブ牛の肉を細かく裂いて揚げたものを食べる。マダガスカル料理はおいしい。ロマザワという、セブ牛のシチューも、薄めの味が肉のうまみを引き立てていた。そういえば、ここに来てから昼食をちゃんと食べるようになった。

 午後4時、午前中に突然押しかけたアッシジ聖フランシスコ病院の門を再びくぐる。ここに勤める平間理子さん(73)を訪ねるためだ。

 午前中に来た時、平間さんはびっくりした顔で「病気の人かと思いました」と言った。急に体調を崩した日本人がたまにくるらしい。

 平間さんのことは、朝日新聞GLOBEの「私の海外サバイバル」という欄で知った。アンタナナリボまで来たのだから、ここで頑張っている日本の方にごあいさつをと勝手に押しかけたのだが、事務所で色々とアンタナナリボ暮らしについて話してくれた。

 患者は脳梗塞(こうそく)が多いこと、がんは意外に少ないこと、多くの子どもが5歳までに亡くなること、先端医療機器が不足していること。多くのアフリカの国と同様の問題をこの国も抱える。「日本のことを思うと、信じられないことばかりです」と平間さんは話す。

 2000年代に入って、経済発展の道を歩んでいるように見えていたのに、今は状況が変わった。09年以降、治安がかなり悪化した。街も汚れ、20年ほど前の姿に後戻りしているかのようだという。

 ほとんどこの国の知識もないままに「マリアの宣教者フランシスコ修道会」の看護師として派遣されて23年になる。日本の小説を読んだり、新聞に目を通したりするのが休日の楽しみだ。

 病院は狭い坂道を折れた、丘の中ほどにあった。アンタナナリボの街は立体的な迷路のようだ。坂道が多く、道は狭く、突然一方通行になる。石畳は独特の情緒を生み出しているものの、平間さんの言うようにごみが目立つ。

 さて、ナイロビに戻るフライトの確認をしなければ。チケットには確認不要となっているが、「羮(あつもの)に懲(こ)りて」確認に行く。

 そうそう、もう一つ、やらなくてはならないことがある。警察署に寄って、盗まれた携帯電話の捜査状況を聞くことだ。届け出た時にいた警察官が何事かと椅子を立ってきたが、訪問理由を聞くと黙って首を横に振った。

江木慎吾

プロフィール江木 慎吾(えぎ・しんご)

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。

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