携帯電話を失うことの大変さが身にしみた。互いに情報を補完しあっていた2個を盗まれたものだから、日本の連絡先も、アフリカの連絡先もきれいさっぱりなくなってしまった。
さしあたり、ナイロビの空港に迎えにきてもらう約束だったタクシーの運転手の携帯番号を調べないと、予定が変更になった場合に困ったことになる。幸い、ネットがつながったので知り合いに聞くことができた。予定変更もなかったため事なきを得た。
ナイロビに戻ると、陸の孤島にいる気分だった。ここではふらふら街を歩くことはすすめられない。たいていタクシーで移動する。こちらの生活も3カ月がたってやっとなじみの運転手も何人かできたところだったが、電話一本でつながった関係だ。連絡先がなくなれば、一から関係をつくりなおさなければならない。
メーターがあるわけではないので、値段は交渉次第。当然、なかにはふっかけてくる運転手もいる。何度か利用して、つりがないと言われて多めに料金を支払い、「今度、頼むときにその分を引いて」と言ったら、次に呼んでも「忙しくて行けない」などと言う、とんでもないやからがいる。
先日も初めての運転手にパスポートの増補のために日本大使館に行ってもらった。すると、途中でガソリンを入れるわ、渋滞のひどいところを選ぶように行くわで、着いたらちょうどお昼休みになってしまった。1時間あるので、中で待たせてくれと言っても「外で待て」とつれない。
日本大使館は邦人を保護するんじゃないのか、などとぶつぶつ言いながら1時間、外で待った。天気だったからよかったけれど。
このように交通渋滞のすさまじい街で、安全に、そして気分よく移動するため、信頼できる運転手の確保は大事なことなのだ。
携帯電話にだけでなく、ほかの場所にもきちんと連絡先を残すべきだ。それはわかっているのだが、そんなきちょうめんさは持ち合わせていない。
さて、次の行き先だ。杉山正ナイロビ支局長とフォトジャーナリストの中野智明さんがマリに向かうというので、便乗して一緒に行くことにした。北部を抑えるイスラム武装勢力の南進を防ぐため、フランスが軍事介入に踏み切り、緊張が高まっている。
ここは今まで行ったことのない国なので、これまでのように10年前と比べるやり方はできない。各国メディアが相次いで現地入りしているので、紛争地取材の様子を、人々の暮らしぶりとともに伝えてみたい。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。