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毎日、話がショッピングセンターから始まっている。きょうはゲームシティーという大きなモールから。ボツワナのモールに来て、ケニアとはどこかが違うと感じた。ケニアの最近のモールの方があか抜けているけれど、それとは別な何かがある。
ゲームシティーを昼ごろに歩いていて思った。ケニアのモールにはたいてい、観光客向けの店がいくつか入っている。ここには、外国からの客を意識した店がない。歩いているのも、見たところ現地の人ばかりだ。つまり、ボツワナの人のためのモールになっている。人口の少ない場所にそれが相次ぎできているということは、それだけ豊かだということを示しているように見える。
この日は国家エイズ調整局(NACA)に取材する予定だった。午後4時からになったので、それまで時間ができた。ずっとハボローネにいても仕方がないので7日、8日はボツワナ北部に行ってみようと思い、旅行会社に飛行機の手配などをしに行った。
その後、市の中心部で屋台を冷やかしていて、見てしまった。たらいに入った、灰色のパニを。おばちゃんが現地の言葉で呼びかけてくるが、無視して通り過ぎた。
パニとはイモムシのことだ。中のぶよぶよしたところをとって、煮て、干して食べるらしい。イモムシの干物といったところだ。さすがに食べるつもりがなかった。でも、旅先の人間は時に自分でも信じられない行為に出る。おばちゃんの呼び声に引き寄せられるように戻ってしまった。
1個というべきか1匹というのか、とにかく一つだけ売ってくれというと、1プラだという。10円を切るぐらいだろうが、本来の何倍もの値段らしい。
ことここに及んで大きさなど関係ないはずが、できるだけ小さいのを選ぶ。自分の小指より少し小さいぐらいのやつだ。少しずつ食べる勇気などないので、一気に口に放り込む。
コンゴで食べたバッタと、味はさほど変わらない。というか、カリカリと少し強めの塩味を歯の間に感じた瞬間、もう飲みこんでしまった。わざわざ食べてこの程度の表現では仕方ない。姿さえ気にしなければ、バッタ同様、立派な酒のさかなになると言っておこう。
と、こうしているうちに、取材時間になったので、気分を一新してNACAの本部に向かった。「事前に質問を」とまで言われ、前夜あれこれ考えてメールで送っていた。すると、情報担当のムメレシさん、調査担当のケファスさん、企画担当のモフティングさんの3人が待ち構えていた。
ところで、なぜいまエイズなのかといえば、2000年ごろに比べて、エイズ問題についてあまり騒がなくなったと感じるからだ。
国連エイズ計画(UNAIDS)によると、今も3400万人のHIV感染者がいて、毎年250万人が新たに感染している。エイズに対する熱が冷めてきたようにみえる背景には、世界の感染者の7割近くを抱えるサハラ以南のアフリカなどで、新たな感染者が大きく減っていることが挙げられる。だが、逆に新たな感染が10年前に比べて増えている地域もある。
世界的にみればごく少数とはいえ、日本の感染者も増えている。
そんな中で、エイズとの闘いの最先端にいるのがボツワナだ。いちはやく病気の進行を抑える抗レトロウイルス薬を、必要としている国民全員に与えると発表した。その事業が始まってから10年になる。
その取り組みの現状を尋ねる前に、すっきりしておきたい疑問があった。エイズをめぐる統計の不確かさについてだ。
もともと全体の調査は難しく、推計に基づいているという背景はある。だが、以前エイズの記事を書いた時、01年のボツワナの成人感染率は37%程度とされていた。しかし、いまUNAIDSの統計をみると、同じ年のボツワナの感染率は27%となっている。どうしてこんなに大きな差が出るのか。UNAIDSの推計は、もとはボツワナ政府が提供した情報に基づいている。
説明によると、いろいろ理由はあったようだ。当時の統計の採り方があいまいだったことや、妊婦の感染率が誤って成人感染率として流布した可能性もあるという。10%の違いはすごく大きい。だけど、感染者が成人の5人に2人ではなく4人に1人だったとしても、十分に衝撃的だ。やはり当時として世界で最悪の数字でもある。
いまボツワナでは、必要としている人の95%に抗レトロウイルス薬を投与できている。残りの5%の、届かない人たちはどういう人なのか。
説明によれば、HIVの検査に訪れる人は年に4割、これまでに1度は受けたという人は6割弱だという。教育に努めていても、エイズに対する偏見や恐怖が残っていて検査を受けず、把握できていない感染者がいる可能性があるのだという。
その教育の成果がみられるところもある。すべての年齢層で性交渉の際のコンドーム使用率が上がった。男性の包茎がHIVの感染率を高めることがわかり、その手術を推進する国が増えた。ボツワナでも、自主的に手術を受ける男性が増えているという。
ただ、心配なこともある。複数の相手との性交渉は減っていないし、初体験の年齢が下がる傾向にある。
ボツワナが年間に使うエイズ関連予算は総合すれば24億プラ(約240億円)にものぼり、多大な負担になっている。カーマ大統領は「いつまでもHIV感染者に治療費を払い続けることはできない」と、新たな感染者の阻止を訴えている。
2016年に新たな感染者ゼロを掲げながら、いまも年間約1万人が感染している。その状態でなお、目標の達成を掲げ続けるのか尋ねた。
「厳しいかもしれません。感染ゼロは夢かもしれない。だけど、その目標を掲げるからこそ、前に進んでいけるのです」
世界はエイズ対策へのかつての熱を失っているように見える。この病との厳しい闘いを余儀なくされた国として、こうした事態をどう感じるか。理屈をこねたような質問をしたと思った。こんな答えが返ってきた。
「私たちは、自分の物語を語るしかありません。今はとても暗い時代を生きています。光が見えるかもしれないが、とてもかすかだ。それでも、それを目指すしかない」「資源の豊かさを人は求めます。でも、人という資源がなければ、地の資源など全く意味がないのです」
そして、次のように加えた。
「いま、私たちはエイズ対策に集中しています。でも、エイズがなくなればいいというわけではありません。エイズで死んでいた人ががんで死んでは何にもならない。総合的な対策が必要なのです」
61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。