ツォディロ、神々の山に行こうと思ったのには、いくつか理由がある。ここがユネスコの世界文化遺産に登録された2001年、ナイロビ支局に勤務していた。しかし、その事実を書くこともなくアフリカを去った。その反省がある。
アフリカ特派員時代、文化とかスポーツとか、明るいところに光を当てられなかった。紛争や犯罪、病気といった負の面ばかり追いかけていた。それがアフリカ特派員のあるべき姿とも思っていた。思えば、結果的にアフリカを日本の読者から遠ざけていただけなのかもしれない。
ツォディロは砂漠のルーブルとも呼ばれている。周囲は厳密には砂漠と言えないけれども、カラハリ砂漠の10平方キロに4500もの岩絵がある。人の居住跡は10万年以前にさかのぼるという。気の遠くなるような昔から、人が絵を通して神と対話してきた場所だ。単純に行ってみたいという思いもあった。
もう一つ、今回、ヨハネスブルクとハボローネであまり風に吹かれていない。大地の風を感じたかった。ひどい写真ばかり掲示してきたので、いにしえ人の力を借りて何とかしたい思いもあった。
でも、ボツワナに来ると決めた時は、そんなことはちっとも考えていなかった。考えが変わったのは、ボツワナである人に会う約束ができたからだ。その話はまたいずれ書くかもしれない。とにかく、2日間だけ予定がぽっかりあいたときに、ふいにツォディロのことが頭に浮かんだ。
自分で計画を立てるだけの情報も時間もなかったので、考えた日に見かけた小さな旅行会社に駆け込んだ。1泊2日でと頼んだら、最初はやめた方がいいと言われた。ハボローネはボツワナの南東端にあり、ツォディロは北西端に位置する。飛行機で移動してなお車で5、6時間の距離にあるという。
満喫できなくてもいい。少しだけ。いつもの「風に吹かれて」らしいいい加減さで頼むと現地に問い合わせてくれて、いいだろうということになった。
7日朝4時に起きる。マリですっかり時差ぼけになって、いまだに朝がつらい。7時15分のプロペラ機に乗り、ボツワナ北部のマウンの町を目指した。オカバンゴの湿地帯など、動物を追うツアーの入り口にあたるため、観光客は少なくない。
9時過ぎに着くと、四輪駆動と2人の男、サミーとソックスが待っていた。「動物はいない。本当にいいのか」とまず聞かれる。ツォディロだけを目指す人はまずいないので、念を入れて聞いたと言っていた。
よく確認しなかったのだが、2人もいるのは現地でキャンプすることになるかららしい。キャンプは年に数回行くけれど、ふだんぐうたらしているのが、準備したり料理したりすることに意味があるのであって、客として行く意味はあまり感じない。
前日に急に頼んだため、2人も準備が整っていないようで、買い出しを待って10時に出発した。400キロ以上離れている。マリでの右往左往を思い出したが、道はずっといい。英国の田舎道のように、黒ではなく茶色の舗装で、ざらざらした感触がシートから伝わってくる。
今は夏の雨期のため、道の横の低木を含めて一面の緑の中を進む。大きな牛が、そこら辺じゅうで草をはんでいる。不思議なことに、面倒をみている人がどこにもいない。マダガスカルでも、マリでも、牛あるところに必ず人がいた。牛泥棒が暗躍するマダガスカルでは特に。そう運転手に言うと、「牛は自分で戻ってくる」という。
やはり牛は偉いと納得する。ちなみにご推察の通り、うし年生まれで子どものころから動作が緩慢だと言われてきた。
思えば色んなところで牛や羊やロバなど珍しくもない動物のことを書いてきた。でも、日本の都会に暮らしていたら一年の内に生きた牛を目にすることなどほとんどない。様々な理由はあるけれど、自分たちが食する生き物すら視野から遠ざける暮らしは、どこかいびつな感じがする。
緑と牛と、単調な道が延々と続く。逃げ水をひたすらに追いかけるうち、だんだん眠気が襲ってくる。
ふと気づくと、やたらとチョウが飛んでいる。白いのと、黄色いのと、茶のまだら模様のと。周りに色づく花もなさそうなのに、路上をずっとにぎわしている。時速100キロ以上で走っているので、フロントガラスによくぶつかる。トンボもいるが、チョウの方が圧倒的に多い。
途中、今晩食べるモロコシを買うため小さな町に立ち寄った。そのとき、おやつにトウキビの茎を買ってくれた。口の中がべたつかない、あるべき甘さがたまらない。
くちゃくちゃしながら、外を眺めていたら、道に落ちた牛のふんにすごい数のチョウがたかっているのに気づいた。落ちたばかりとおぼしきふんに黄色や白の花が咲いたようだ。チョウはふんにたかるものなりと、夢でチョウになった荘子を思いつつ言ってみる。
荘子を引き合いに出したからか、見ていて不思議な感覚にとらわれた。悠々と草をはむ牛、そのふんに舞うチョウ、そしてその上を通過する車でトウキビに吸い付く自分。万華鏡の中でぐるぐる回っているようだった。
幹線道路を外れて、砂の道を入る。しばらくいくと、ダチョウが見えた、だんだんと期待が高まってくる。砂漠のルーブルに触発され、雲がぷかぷか浮かぶ空を見上げて「バルビゾン派の描く空のようだ」と知ったかぶりをする。
見えてきた。こんもりとして、青々として、肌色と黄土色を合わせたような岩をごつごつ露出させて、ツォディロが姿を現した。
神々の山へやってきた。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。