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09月21日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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岩絵に描かれた動物、伝承される物語 @ツォディロ

写真:何だかわかりますか? アフリカの石=いずれもツォディロ、江木慎吾撮影拡大何だかわかりますか? アフリカの石=いずれもツォディロ、江木慎吾撮影

写真:この洞窟に住んでいたことがある、とクンタエさん拡大この洞窟に住んでいたことがある、とクンタエさん

写真:山の中の泉。水は茶色っぽく見えた拡大山の中の泉。水は茶色っぽく見えた

写真:ほかにだれもいないキャンプ拡大ほかにだれもいないキャンプ

写真:ツォディロの管理棟のようなところ。壁の色がちょっと……拡大ツォディロの管理棟のようなところ。壁の色がちょっと……

写真:夕飯はダッチオーブンで調理したごちそう拡大夕飯はダッチオーブンで調理したごちそう

写真:女山の頂をのぞむ拡大女山の頂をのぞむ

写真:山の端から日が昇る拡大山の端から日が昇る

写真:表情はいかついが、女山拡大表情はいかついが、女山

 ツォディロ周辺にはサン、ハンブクシュの人たちが住んできた。特にサンの人たちは、神の山とあがめてきた。

 丘と呼ぶ方がふさわしいかもしれない四つの山からなる。男山、女山はかつて結婚していたという。2人の子がいて、別れた後、1人は男に、1人は女についていったそうだ。神の山という割に生々しい。

 最も高い男山は標高にして1500メートル程度。地面からは600メートルほどしかない。これでもボツワナで最も高い山の一つらしい。

 ふもとに「ツォディロ 神々の山」と書かれたゲートが立つ。勝手にあけて、中へ進む。でこぼこ道を行くと「美術館」と書かれた緑色の建物にたどり着いた。この前でキャンプするらしい。

 一つ、問題が発生した。水がない。そこで、サミーとソックスの2人は水の確保とキャンプの設営にあたってくれることになった。こちらは地元のサンのガイドと一緒に岩絵めぐりをする。

 クンタエさんがそのガイドだった。英語はあまりできない。その顔を見たとたん、ボツワナに来てからずっと思い出そうとして思い出せなかった名前がすっと浮かんだ。ニカウさんだ。

 随分前のことだけど、「ブッシュマン」という映画がはやった。砂漠に住むサン人のもとに、ある日、コーラの空き瓶が飛行機から落ちてきて大騒ぎという話、だった、確か。

 そういえばボツワナのカラハリ砂漠が舞台だったはずだと思いつつ、主役の人の名前を思い出せずにいた。クンタエさんの顔を見たとたんその名前が出てきたので、思わず「ニカウさんを知っていますか」と聞いてしまった。知らないとクンタエさんは答えた。そもそもニカウさんは確かボツワナの人ではなかった。

 52歳と言うけれど、もう10歳ぐらい年をとって見える。彼に付いて、2時間ほどのトレッキングコースに出発した。ふだんは困ったときにしか意識しないのに、神々の山か、と神妙な気分になる。その気分に浸る間もなく、最初の岩絵にたどり着いた。

 今までサボってきた分、写真を撮ろう。腕前が腕前だけに、その質には限界があるけれど、今回は写真を届けよう。関心のある人はユネスコの世界遺産サイトをみると、より背景がわかる。

 えんじと朱の間のような色で、灰色の岩の上に絵が描かれている。何だかわからないまま写真を撮ろうとすると、クンタエさんに「ソリー」とたしなめられた。「私の話を聞く。それから写真を撮る」。それはそうだ、失礼しました。

 ライオンだと説明された絵はライオンには見えないけれど、こんな話をクンタエさんはしてくれた。「ライオンがキリンを殺した。仲間を呼びに行っている間に、ハイエナがキリンを食べようとした。ライオンが仲間と戻ってきて、ハイエナを殺した」

 なるほど、キリンとハイエナと言われた動物は反っくり返ったように縦に描かれている。

 動物の血と、現地にある赤い石と、時には尿もまぜて絵の具にしたと美術館には書いてあった。絵筆はなく、指で描いた。

 未完成と思える絵はあるが、描き直した跡が見あたらない。地面に立っていたのでは届かない場所に描かれたのもある。

 クンタエさんはさらりと動物の名を挙げていくのだが、こちらにはどうしてそうたやすくわかるのか、不思議に思える。絵を巡る物語は、親や祖父らから伝え聞いたのだという。

 この日たどったのは、一番岩絵の多い女山だった。大きなバオバブの木があった。勝手に名前を記そうとする人たちによって幹が刻まれている。

 道はずっと砂で、歩きにくい。山の間を渡る風が、川の流れのように聞こえてくる。歩いていても、アブやらハエやらが汗に寄ってくる。風が止まると、2人の男の汗のにおいが立ちこめる。風が吹くと、草と土の香りが運ばれる。

 クンタエさんが洞窟で止まった。「小さいころ、雨期になるとここで暮らしていた」。えっ、クンタエさんがですか?

 「家族8人、ここは雨がしのげるし、入り口が三つあって便利だった」。確かに天井を見上げるとすすけている。この神の山に暮らす人だったのだ。心持ち居住まいを正した。

 女山をクンタエさんに続いて登ってゆく。コモロの熱帯雨林の方がよほどきつい登りだったけれど、昨夜の寝不足が響く。実は神に弱いのか、妙な高揚感がずっとある。日本の暮らしにだって、神の宿る鎮守の森が数多くあるというのに。

 岩を登り切ると、山の中腹の平らな所に出た。また砂地で歩きにくくなる。クンタエさんは立ち止まり、「私はここで生まれた」と言う。えっ、ここですか。神の山に生まれた人だったのだ。また心持ち姿勢を正す。

 以下、岩絵とクンタエさんの弁を少し。

 クジラ2頭と、ペンギンとサメの絵があった。有名な絵だ。むろん、ここは海から遠く離れている。

 「昔の人は、海まで2年かけて行って、2年かけて帰ってきた。そして、絵を描いた」

 人間らしき三つの姿が、大型のシカのようなエランドの横に描かれている。

 「3人の男が、エランドを仕留めた。周りにはだれもいない。彼らは肉を食べようと思っている。うれしくて、うれしくて、踊っている。この絵は踊るペニスと呼ばれている」。確かに、棒のようなものが、体の真ん中に描かれている。

 3匹のカメと太陽が描かれている絵の説明は聞いてもよくわからなかった。太陽がカメに光を与えようとしたというのだが、カメの目が小さくてダメだったのか、眠っていてダメだったのか。それとも別の理由なのか。

 絵だけでなく、岩の形一つとっても、サンの人たちは神に結びつける。アフリカの形をした岩があった。これで、神がアフリカを人々に教えようとした、と。神が山をつくったときには、岩は軟らかかったと考えられていて、そこに神の足跡、腰掛けなどが残っている。

 気づくと、ただクンタエさんについてぜいぜい言いながら写真を撮るだけに終わってしまった。人間のはるかな旅を心に浮かべて黙考したいと思っていたのに。まあ、それは明日にとっておくことにしよう。

 出発した「美術館」前に戻る。テントが3張り用意されていた。たき火にダッチオーブンがかざしてあってテーブルもしつらえてある。申し訳ない気分になる。前菜に、ゆでたモロコシが出た。甘くなく、かえって疲れて食欲のない身には食べやすい。ごはんと野菜、ビーフシチューの豪勢な食事だった。

 左後ろ脚の悪いイヌがそばにいて、投げられる骨をボリボリと食べた。リスが騒がしく木と地面を行ったり来たりする。食事が終わるころには、満天の星に包まれていた。

 今回は衛星電話を持ってこなかった。こんなところに来るとは思っていなかったからだ。だから、襲ってくる蚊を避けて早々にテントに退散し、懐中電灯の明かりで小さなノートにこの文章を書き込んでいる。入社したころは原稿だって手書きだった。こういうのもたまにはいい。

 発電機の音がかすかにしている。ツォディロを管理する人たちが住む場所が近くにあり、そこの電源を確保するためだという。夜遅くにその音がやんだ。

 かすかに虫の音がするばかりの夜になった。神々の山は静けさの中にあった。と、イヌが突然ほえた。その声は、山々の間をこだました。

 夜中に、とつとして一陣の風が吹く。山のたもとにたまった色々なものをそっと持ち上げるように吹き抜けると、また静寂が戻ってきた。

江木慎吾

プロフィール江木 慎吾(えぎ・しんご)

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。

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