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09月25日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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果てしないサバンナを風のように去る @ツォディロ

写真:岩の間に水がわき出る。以前はもっとたくさん水があった=いずれも8日、江木慎吾撮影拡大岩の間に水がわき出る。以前はもっとたくさん水があった=いずれも8日、江木慎吾撮影

写真:山の中腹から西、ナミビアの方角をのぞむ拡大山の中腹から西、ナミビアの方角をのぞむ

写真:クンタエさんの向こうに見えるのが、子の山拡大クンタエさんの向こうに見えるのが、子の山

写真:ムルラの木に、ゾウがかじったあと拡大ムルラの木に、ゾウがかじったあと

写真:ここで顔を洗おう、とクンタエさん。先ほどの泉とは別の場所拡大ここで顔を洗おう、とクンタエさん。先ほどの泉とは別の場所

写真:シロサイの洞窟から望む空拡大シロサイの洞窟から望む空

写真:ンガミ湖。遠くのデルタから水が寄せる拡大ンガミ湖。遠くのデルタから水が寄せる

 朝、けたたましい声で正気に戻る。寝たのか寝てないのかあまりわからない夜が白んでいた。ヴァルチャライと呼ぶ鳥の声らしい。クイナのようでオレンジ色のクチバシをしていて、かなりすばしっこく走る。

 その声は、時を告げるオンドリに似ていなくもない。でも、ものすごく自分勝手にけたたましい。申し訳ないが、そう感じる。

 朝食をすませ、美術館の前で待っていると、前日のクンタエさんがやってきた。

 7日はサイの道というトレッキングコースをたどった、きょうは崖の道を行く。前日たどった女山の反対側へ車で回り、そこから歩き始めた。

 山の陰にいるので、朝のさわやかな風が吹く。長く伸びていた影が短くなると、太陽を恨めしく感じる暑い一日が始まる。

 岩を登り、中腹にある泉を目指す。岩の間からしみ出た水が小さな洞にたまり、そこから岩肌を落ちてゆく。水は減って、深い緑色に濁っていた。この水で顔を洗うと、病気にきくという。みんながくみに来て、水が減ったのだという。

 みんなが来ると聞いて、どこから、とばかりに山から目を離すと、そこにはアフリカのサバンナが果てしなく広がっていた。カラハリの一部というけれど、砂漠と呼ぶには緑が豊かだ。まあ、雨期ということもあるかもしれない。

 近くに小さな山がある。これが、別れた女山が連れた子だ。その向こうにはナミビアが控えている。鳥のさえずりが聞こえるばかりの、静かな朝だった。車で移動していたときにインパラの一種のクドゥの群れに遭遇した。ここからは、目をこらしても動物を見ることができない。

 いったんそこからおりて、また砂地を歩く。きょうたどる道はほとんど人が来ないらしい。クンタエさんが立ちふさぐ枝をたばね、曲げ、折って道をつくらないと進めない。ところどころ、大きなふんが落ちている。ゾウがここまで来るという。

 そういえば、ボツワナに来た初日、梅のような実がたくさん道に落ちていると書いたが、それはムルラという木の実だった。このムルラをゾウが食べると興奮して大騒ぎになるという。軟らかい樹皮がゾウにかじられて赤っぽい内側をさらしていた。

 ムルラの実は酒をつくるのに使われる。アフリカ特産の有名なアマルーラはこの実を使った酒なのだそうだ。やはり、酒飲みを刺激するにおいがしたのは、正しかった。自慢にはならないけれど。

 きょうもたくさんの絵を目にする。背の届かないところに描いた絵もある。ここでは岩が昔は重なっていたとか、はしごをつくって描いたとか、クンタエさんが言う。雨で部分的に色が流された絵もある。

 高いところに描く思いは、少しでも神に近づこうという心なのだろうか。それとも、自分の絵をほかの人や雨から守ろうという所作なのか。

 山を登る。また泉が姿を現す。ここでクンタエさんは息を整えつつ、「顔を洗う。神の山に入るときはきれいにした方がいい」と言って顔を洗い、頭を洗い、「ゾウのように」と言って背中まで頭越しに水をかけた。シャツはずぶぬれになった。

 水草が浮いて黄緑色の泉から水をすくって、顔を洗った。キャンプ場に水がなくて朝洗っていなかったので、冷たくはないが気持ちがいい。ここは女山の内側にあって風の通りが悪く、日も差していた。立ち止まって息を整えても、汗は引いていかない。

 ここの岩絵の年代については、はっきりしたことがわかっていないようだ。ユネスコのサイトにも2千年以上前から19世紀のものまであると書いてある。

 絵は色んな描き方がある。動物を枠だけで描いたもの。枠を描いてその中を少し薄めの色で塗りつぶしたもの、枠がなく動物の形全体が塗りつぶされたもの。これらはえんじと赤の中間のような色で描かれたものだ。中にはえんじに近いものも、朱に近いものもある。白く塗られたものもある。

 クンタエさんによれば、キリンとエランドがサンの人たちにとっては食という意味では一番大事な動物なのだという。キリンを倒した時などは2晩にわたって踊り明かして祝うのだという。

 シロサイの洞窟と呼ばれる所に来た。シロサイが白く描かれているのだが、その上にえんじのキリンがかぶせて描いてある。サイは体の半ばを消されて、角が雄々しく残っているだけだ。キリンはなぜか立ち上がったような姿勢になっている。

 この洞窟は、いにしえの儀式の場であったという説をめぐり、考古学者が議論をたたかわせた場所でもある。でも、そんなことはいい。しばし、小さな石の上に腰を下ろし、サイとキリンの絵を眺めた。

 シロサイの上にキリンを描く人の思いを考えながら、座っていた。キリンの方がサイより偉い、という思いが込められているのだろうか。そこにあるのは、おそれなのか、感謝なのか、遊び心なのか。

 洞窟の高い入り口から青い空がのぞいている。かつてはヒョウがすんでいたのだと、クンタエさんは話した。風はここまで届かない。

 巨大なフンコロガシなのか、甲虫の類なのか、黒い虫がカサコソと心地よい乾いた音を立てて地面を行く。その音だけが、時の止まったような場所に、生を伝えていた。

 神々の山を後にする時が来たようだ。洞窟の入り口を登り、山を下り、ほかの2人との待ち合わせ場所に急いだ。

 反省がちょっぴり頭をもたげる。いつも慌ただしく、入り口だけのぞいて去ってゆくのだ。でも、風に吹かれているのだから仕方がないと言っておこう。

 帰り道は味気ない。また逃げ水をひたすらに追う暑い道のりだ。手帳に書いた文章を、パソコンに打ち込んだ。途中、ンガミ湖に立ち寄った。雨期になると、オカバンゴデルタからあふれる水が湖をつくる。

 木が水の中に立っている。泥の岸に大きな牛や水鳥が群れている。木々の間を、見えないところまで水面が続いている。

 19世紀に英国の探検家デビッド・リビングストンはこの湖畔に立った。アフリカの大自然が西洋に「発見」され続けたころだ。最初に目にした西洋人の衝撃は、想像するしかない。

 神々の山と、こつぜんと姿を見せる湖。人と、自然の悠久の営みを思い、しばし暑さを忘れていた。

江木慎吾

プロフィール江木 慎吾(えぎ・しんご)

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。

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