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09月27日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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「あなたがいた人生は幸せ」 震災追悼式、宮城遺族代表

写真:明かりで震災犠牲者を追悼する行事が仮設の商店街で開かれた。子どもたちがろうそくを水に浮かべて手を合わせていた=11日午後5時39分、宮城県石巻市、矢木隆晴撮影拡大明かりで震災犠牲者を追悼する行事が仮設の商店街で開かれた。子どもたちがろうそくを水に浮かべて手を合わせていた=11日午後5時39分、宮城県石巻市、矢木隆晴撮影

写真:船上から海に向かって献花する人たち=11日午前11時12分、宮城県気仙沼市、西畑志朗撮影拡大船上から海に向かって献花する人たち=11日午前11時12分、宮城県気仙沼市、西畑志朗撮影

写真:多くの町職員が犠牲になった防災対策庁舎で花を手向ける男性=11日午前7時18分、宮城県南三陸町志津川、越田省吾撮影拡大多くの町職員が犠牲になった防災対策庁舎で花を手向ける男性=11日午前7時18分、宮城県南三陸町志津川、越田省吾撮影

 東日本大震災の追悼式で西城卓哉さん(32)が読み上げた「宮城県遺族代表のことば」は以下のとおり。

 つらい日々がありました。

 大切な家族を亡くした私たちにとって、この2年という歳月は、一日一日を生きることがこんなにも大変なことだったのかと、過ぎ行く時間の重さを感じ続けた2年でした。

 ――自分は何のために生きているのだろう。

 ――あの人の生きた日々は、幸せだったろうか。

 何度も同じ疑問が浮かんでは、そのたびに息が詰まり、答えを出せずにいました。

 それでも、ひとつだけ確かなことは、あなたがいた私の人生は、幸せだったということです。

 どこにいても、何をするときでも、妻の由里子と息子の直人への想(おも)いは、片時も離れることはありませんでした。

 毎日早起きしてお弁当を用意してくれたり、息子の離乳食をひとつひとつ丁寧に作ってくれたり、そんな妻に喜んでもらいたくて、休みの日に少しだけ早起きして、お掃除をしたこともありました。

 取り合うように家事をやっていたことが、懐かしく思い出されます。

 毎日、笑顔と「ありがとう」の言葉がたえることはありませんでした。

 毎日が幸せでした。

 この悲しみに区切りはなく、終わりもありませんが、弱くて未熟な自分が今こうしていられるのも、あの日から今日までに関わったすべての方々に支えてもらったからこそだと、心から思います。

 妻の由里子はいつまでも尊敬する人であり、私の一番の目標です。

 直人と一緒に、きっといつまでも見ていてくれると思います。

 自分に残されたこれからの年月をかけて、愛する2人の人生の続きを、私が歩んでいこうと思います。

 あの日とともに深く心に刻まれた多くの尊い命を、私は決して忘れません。

 亡くなられた方々の安息をひたすら祈念し、追悼のことばといたします。

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