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結論急ぎ、軋轢生んだ「液状化マンホール」 千葉・浦安

写真:震災モニュメントとして整備されたマンホール=千葉県浦安市拡大震災モニュメントとして整備されたマンホール=千葉県浦安市

写真:震災モニュメントとして保存されたマンホール=千葉県浦安市拡大震災モニュメントとして保存されたマンホール=千葉県浦安市

 【永井啓子】東日本大震災で市域の86%が液状化した千葉県浦安市で今年3月、液状化で地中から突き出したマンホールを保存した「震災モニュメント」が完成した。しかし、市による保存計画をめぐっては、反対する住民が署名運動を展開するなど地元は揺れた。

「話そう、震災遺構」特設マップ

 マンホールは、マンション街に面した公園の駐車場の地下にあった防災貯水槽の一部。もともと災害時の飲み水を確保するため、市が約1億2千万円かけて設置したものだ。100トンの水を供給でき、震度6の揺れにも耐えるはずだった。

 それが、震度5強の揺れで1メートル以上も地上に突き出し、無残な姿をさらすことに。断水に苦しむ市民の水がめの役割は果たせなかったが、液状化被害のすさまじさを物語る場所として国会議員などの視察が相次いだ。

 市がマンホールの保存を打ち出したのは、震災から3カ月後の2011年6月。これに、マンション街の主婦らが反対の声を上げた。「(震災を思い出して)精神的苦痛を強いられる」「なぜ、震災時に役に立たなかったのか検証が先だ」などと訴え、署名集めに乗り出した。

 署名は3千人を超え、中止を求める請願が3回にわたり提出されたが、市議会は請願を不採択とし、今年3月25日にモニュメントが完成した。

 「液状化の被害を後世に伝えるため、そのまま残すことに意義がある」と市は保存の意義を訴える。ただ、「見たくない」という住民の感情に配慮してマンホールの周りを植栽で囲い、完成式もしなかった。

 液状化に見舞われた住民たちは水道やガスなどのライフラインを寸断され、不安な生活を強いられた。世界的にも例のない都市災害で街並みは傷つき、イメージ低下で地価も下がった。

 快適な街と信じて移り住んだ人々はやりきれない思いを抱えている。「負の遺産」を保存するという計画を受け入れられない人がいても無理はない。

 それだけに、市は丁寧に説明する努力をするべきだった。

 保存の方針は震災の3カ月後に市長が会見で示した。結論を急がず、被災者の思いに寄り添うことが、復興へ向けて何よりも大切なのではないか。完成の式典もなく、人目をはばかるようにモニュメントになったマンホールを見て、そう感じた。

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