ウガンダとケニアといえば一衣帯水の間柄、アフリカ最大の淡水湖が間に横たわる。このコラムを再開して、ケニアからまずウガンダに向かうことにした。
ナイロビから飛行機で1時間足らず、首都カンパラ最寄りのエンテベ空港に降りると、よどんだ水のにおいがした。すぐそばにビクトリア湖がある。
ほぼ赤道上だが、標高は1100メートルを超えている。気温は30度までは達していないが、ナイロビに比べると少し蒸し暑い。
空港からカンパラまでは30キロ以上離れている。車で走ると、ビクトリア湖を隔てただけで、ケニアとは大きな違いに気づく。運転がとてもおとなしい。
記憶にあるカンパラへの道は、舗装されていない部分がかなりあった。12年もたてば姿が変わるのは当たり前だが、カンパラに入ってからもほとんど記憶を呼び覚まされることがないほど幹線道路沿いの風景は変わっていた。横道に入れば相変わらずのところもあったけれど。
町にはケニアのスーパーがあり、南アフリカのスーパーがある。色んな国のものを受け入れて、カンパラは発展してきたようだ。
スーパー、ホテルや公的施設など、人の集う場所では警備のチェックが厳しい。ウガンダはソマリアに派兵されているアフリカ連合(AU)軍の中心を担っている。これにソマリアのイスラム武装勢力のシャバブが反発し、カンパラで連続爆弾テロが10年に起きている。警戒が強まったのはそのころからだという。
カンパラの空には、ハゲコウが舞う。ナイロビで見るハゲコウは、いつもアカシアの木の上や幹線道路沿いの看板にとまっていた。まとった印象はよくないけれど、飛ぶ姿は案外美しい。ずっと翼を広げたまま高い空に円を描いている。
国の姿は大きく変わっても、変わらないのがムセベニ大統領だ。ゲリラ闘争をへて1986年に大統領に就任した。10年後に選挙で大統領に選ばれ、2001年には再選を果たした。
ナイロビ支局に勤務していて選挙戦を取材し、再選を決めた時に「最後の2期目となる」と紹介記事に書いた。だが、そうならなかった。アフリカではあることだが、憲法が改正されてさらなる当選が可能になった。そして、もう四半世紀以上もムセベニ氏は大統領の座にある。さらに息子に後を継がせる思惑もうわさされる。
石油が発見され、ウガンダ経済には将来への明るい見通しもある。市内中心部にあるゴルフ場では、平日の朝からゴルフを楽しむ人たちがいる。
カンパラ市内の小高い丘には、今年10月のオープンを目指してヒルトンホテルの建設が進んでいる。曲線をいかした白とエメラルドグリーンの高層は、すでに新しいランドマークになっている。
五つ星ホテルは1泊が最低で500米ドルするらしい。「地元の人間が泊まることなどできるのか」。そんな疑問の声が記者会見で上がったと地元紙に書かれていた。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。