アブジャに別れを告げ、6日は一気に南部の都市ウォリに向かう。車で行くのは面倒だ。今までの運転手アバチャは北部の出身で、南部に行きたがらない。道を知らないことと、イスラム教徒の彼がキリスト教徒から嫌がらせを受けないかを心配しているらしい。
そこで、中間点に近いオケニという都市で車を交換することにした。オケニまでアバチャの車で送ってもらい、ウォリからクリフォードが迎えに来る。だが、迎えの車が途中で故障したと連絡があり、出だしからつまずいた。
ナイジェリアの運転は荒っぽい、ケニアと甲乙つけがたい、と書いた。でも、間違っていた。ものすごく乱暴だと言うべきだった。
首都から南に向かう道は、北ほど整備されていない。中央分離帯のある片側2車線を造る工事が進められてはいたが、まだ片側1車線の対面通行だ。
まあまあの交通量なので走っているとトラックの後ろにつく。トラックは長くて追い抜きにくいのはご存じの通り。タイミングをはかっていると、後ろから無理を承知で抜きかけて割り込む車が後を絶たない。
たとえば、トラックの後ろの5台目だったとしよう。1台がトラックを抜く間に、2台が後ろから割り込んでくる。いつまでたっても、トラックのすぐ後ろにたどり着かない。
むかし習ったゼノンのパラドックスの「アキレスとカメ」のよう。後ろのアキレスの方が速いのに、前にいるカメを追い抜けない。
対向車が途切れないので路肩から追い抜こうとする車がいる。そこへ路肩を逆走してくる車がいて、あわやという場面もあった。
何でそんなにいらついているのか。いらついているのでなければ、何にそんなに駆り立てられるのか。まるで、命ぎりぎりの走りをしないと生きている実感がないとでも言うように、ここの車は走る。
「God is good」と多くの車の後ろに書かれている。「神は善なり」と言われても、傍若無人な運転で抜かれた後に見ると「そこのけそこのけ、神様が通る」に見える。
小さな渋滞の原因となった大型トラックの後ろに、それをもじったのか「LIFE IS GOOD」と書いてあった。人生捨てたもんじゃない、そう「君、死に急ぎたまうことなかれ」だ。
日本では、こんな運転はあまり見かけない。でも、国民性とは違う気がする。かつての日本でも「神風タクシー」が問題になり、いまの3倍以上の人が1年に亡くなって「交通戦争」と呼ばれた時期があった。
国の経済が成長するいっとき、焦燥とも狂乱とも呼ぶべき空気が満ちることがあるのかもしれないと、ふと思う。
アブジャを離れ、南へ下ると緑が濃く深くなってゆく。ジャングルを切り裂くように道が走る。イスラム教の影響が薄れ、次第にキリスト教の看板や建物が増えてくる。
無事に車をオケニで引き継ぎ、優に500キロは走ったろう。乾いていた空気はねっとりと変わり、夜、目的地のウォリに着いた。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。