次代を目指す若手アーティストにも会ってみたかった。ラゴスにある国立劇場の敷地に若手アーティストが芸を磨くアーティスト村があるというので、行ってみた。
ラゴスは潟湖を中心に広がった都市だ。国立劇場の周辺は高速道路が走り、中国企業が鉄道の高架を建設していた。千葉にある谷津干潟ほどの場所を通り過ぎる。ごみだらけのところが、かなり違うけれど。
アーティスト村で、ズーラ・ズーライオンという新進のミュージシャンに会った。もっとも、自分は新進ではなく、割と名が通っていると話した。ナイジェリアの伝説のアーティスト、フェラ・クティの影響を受け、独自のタクルク・ビートという音楽表現にたどり着いたと言う。ケレワという腰の動きを特徴とする踊りが加わるのだという。
聴きたい、見たい、と言うと、金曜日の夜に村にある「小さな劇場」で演じるというので、14日の夜に出かけた。音響機材の不調で1時間以上、待たされて演奏が始まった。そこには彼の姿はなく、ラッパーが6、7人いただけだった。
機材の不調が続いて、アカペラのラップというのを初めて聴いた。何を言っているのか、よく聞き取れない。同じテンポを崩さず韻を踏んで即興で語るというか歌うというか。そんなところはさすがだと思ったが、意味がとれないという点では、馬の耳に念仏だった。実際、リズムのないラップはお経のようでもあった。
2時間近く聴いていたけれど、目当ての人物は現れなかった。大変、申し訳ないがそのラップに共鳴して驚いたり、わくわくしたりという感受性がこちらにはなかった。
この夜、ラゴスのクラブでKONGAが演じるので来ないかとマネジャーに言われ、本人ともどもアーティスト村まで迎えに来てくれたので、そちらに移動することにした。
ラゴスのスーレリ地区の一角に、クラブが軒を連ねる。クラブと軒とは、あまり相性の良くない表現だが、その一つ「Xファクター」に入る。こんなことでもないと、クラブには縁がなかったなあと思いつつ、バウンサーと呼ばれる警備の面々の横をすり抜ける。
夜10時半、立て付けに高級感はないものの、すでにシャンパンやコニャックを何本もあけているグループがいる。マッサージ椅子に座っているかのように、重低音で体が震える。
「すぐにKONGAが演じるから」とマネジャーは言う。ラゴスでナンバーワンのDJという細身の男性がなぜか私と中野智明さんの名前を呼んで「ようこそ」と拳を向けてくる。野球でホームランを打った時にやるようなしぐさだ。
見回せば黒人でないのは2人だけ。胸も腰も圧倒的な存在感の男女が狭い部屋で体をくねらせている。待ってもKONGAの歌は始まる気配はなく、本人は「飲まない」と言っていた酒を飲んでいる。「いつ演じるの」と尋ねても「大丈夫、まだ宵の口」。
大音響で話もできず、めまいがしそうだ。真夜中を回ったところで、中野さんと話して引き揚げることにした。外の道は2重、3重に縦列駐車した車で埋まっていた。バブルのころの東京を見る思いだった。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。