ナイジェリア編でアブジャについて「今まで見たことのない都市」などと書いたけれど、考えてみれば初めて訪れる都市はたいがいそうしたものだろう。「どこにもあるような地方都市」などと日本で書きたくなるのは、十分に目が行き届いていないからに違いない。ただ、同じような顔をした、個性を見分けにくい街が増えたことも確かだと思う。
エリトリアの首都アスマラもまた、アフリカの他の国では見かけない都市と言える。ナイジェリアの海辺の大都市ラゴスから来ると、なおさらその思いを強くする。12年ぶりの訪問になる。
アスマラは標高2350メートルほどにある。6月20日、首都というにはあまりに寂しい明かりを眼下に望みながら空港へ舞い降りた。もっとも、休日の午前3時過ぎという時間は考慮に入れなくてはならない。
エリトリアは紅海に面した国で、鼻を伸ばしたゾウの横顔のような形をしている。人口は560万人、1人あたりのGDPは一日2ドルを切り、アフリカでも最も貧しい国の一つだ。
長い独立闘争をへて隣国エチオピアからちょうど20年前に独立した。憲法は制定されたものの、それに基づく選挙は一度も実施されないまま今に至っている。当初、暫定だったイサイアス大統領がずっと政権についたままだ。
紅海の島をめぐってイエメンと、陸の国境をめぐってはエチオピアなどと、なお緊張状態が続く。2002年以降、目覚ましい発展を遂げる国がアフリカに相次ぐ中で、経済は停滞している。
行動を今回もともにする中野智明さんには思い入れの深い国で、多くの友人がいる。友人の依頼で中野さんは日用品をたくさん買い集めて来た。基本的なものまでそろわない状況がここにあるためだ。
到着した日は、独立戦争で命を落とした人たちを悼む殉死者の日で休日だった。道路の面した建物の多くに半旗が掲げられ、店も夕方近くまで閉まっていた。この日に合わせて帰国したのか、カイロからの便には子ども連れの姿が目立った。
中野さんの友人宅でコーヒーをごちそうになった。伝統にのっとり、豆を煎って、小さな臼のような木の器の中で、金属棒を使って豆をひく。シャクシャクと豆がつぶれる心地よい音とともに深い香りがはじける。その音が次第にシャッシャッと細かく変わり、しまいに金属棒と木の器がぶつかる音しかしなくなる。
口の長いつぼに、ひいた豆を流し込み、少しずつ水を加えながら炭火にかざす。フィルター代わりに草をつぼの口に押し込んで、おちょこ大の容器に砂糖とともに注ぐ。
ポップコーンと、ハンバシャという少し甘みのある堅めのパンがおともになる。深く豊かな香りにつつまれた静かな時間に、ここ数日まともに眠っていないつけが訪れる。でも、アウェルと呼ぶ1杯目からバラカと言う3杯目へ、一杯、一杯、また一杯と飲み干すと目はすっきりさえ、2時間ほどで儀式は終わった。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。